幻嗅/アダシュネアダムはとある撮影の為、スタジオで仕事をしている最中だった。
しかし、撮影の合間に機器トラブルがあり撮影が一時中断された。
アダムと一緒の撮影の人は楽屋に戻ったりその場で話し合っている中、彼は近くにあった椅子に座り目を閉じて時が過ぎるのを待っていた。
楽屋に戻るのもいいだろうが、また現場に行くのが面倒だったのだ。
そして、不幸にも良く話す面々はおらず、アダムに話し掛けるどころかここにいる者は彼を避けるかのように遠くで話していたのだった。
(こんな時、実紅がいたら良かったのに。)
実紅とは、シュネーとして芸能活動をしているアダムの恋人である。
実紅が居たらこの暇な時間を埋められるのに…と、目を閉じながら考えていると…彼とよく似た匂いがアダムの鼻を掠った。
幻嗅だろうか…、確かめようと目を開けようとすると目は"何か"に覆い被せられ、開くことが出来なかった。
直ぐにそれに触れると、小さいながらも、少し骨張った誰かの手だった。
誰の手かを考えるよりも早く、アダムの脳や手が誰かを悟り、その"誰か"が誰なのか、答えを出した。
「実紅、どうしたんだ?」
アダムの声に彼の目を覆っていた手が動き、手を離そうとするも、その手は大きな手にぎゅっと握られてしまい逃れられなくなった。
「ど、どうして僕だってわかったの?」
小さめに発せられた声は確かに実紅の物で、海夢の口角が微かに上がる。
「幻嗅がしたんだ。」
「げんきゅう…、僕幻じゃ無いよ!…ほら、見て?」
繋がれたままの手は海夢の目から離され、目を開けると、後ろにいた実紅がひょこっと横から顔を出す。
その様子が可愛くて、海夢は実紅の唇に自分のものをそっと重ねた。
直ぐに離れると、実紅はひょこっとしたまま口をぱくぱく動かしながら固まっていた。
「本当だ、本物だ。」
海夢の嬉しそうな声を聞いて状況を把握したのか、実紅は顔を隠そうとするも手は繋がれていた為どうすることも出来ず顔を下に向けた。
恐らく実紅もこの日は同じ建物内で撮影で、誰かにアダムもここにいると聞いて来たのだろう。
(さぁて…真っ赤に熟れた林檎をどうしようか?一度控室に戻るのもありか…。)
チラッと周りを見ると、誰もこちらを見ている者はいなくて、海夢はこの後のことについてどうしようかと考えていた。
しかし、タイミングがいいのか悪いのか、撮影スタッフの「撮影開始。」の声に繋がれていた手はパッと離された。
「来てくれてありがとう、嬉しかった。」
海夢は覗き込みながら実紅に告げると、勢いよく頭を縦に振り、実紅は逃げるように出口へ走って行った。
「さて、仕事するか。」
そう言いながらも、アダムの顔はどこか緩んでいて…撮影がいつもより順調に進んだことは言うまでも無いだろう_____。