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    『私の少年』


    「今思えば、母は恋人達にそれなりの情はあったように思う。もしかしたら、私に対しても、そうだったのかもしれない。ただ、優先順位の一番に自分がいただけなのだろう。そう思うとき、母が少しだけ愛しくなる」#いいねの数だけうちの子の実在しない小説の台詞を書く
    このタグの回答、あまりに言葉足らずかなと思ったので、短編書きました。

    ☆ ☆ ☆

    「あんたはあたしに恩返しするんだよ」

     幼い頃、母は私に何かある度にその言葉を口に出した。
     子どもの私はその言葉を母に対する負債だとは厳密には理解していなかったように思う。
     赤子がやがて歩き始めるように、腹が減ったらパンを口にするように、いつか自然と時が来たら“おんがえし”という行為をするのだとぼんやり認識していた。当時の私には、与えられた情報の数々を疑う発想がなかった。
     当時の私が抱いていた世界とは、世の中には正しいこととそうではないことがあり、にも関わらず正しさは絶対的ではなく相対的で、どの正しさを選ぶかは極めて恣意的で自らの内面と向き合う行為である――そんな複雑さを持ち合わせない世界だったのだ。
     やがて分別を身に付けると、あれは母が私に施していた呪いだったのだと唐突に思い至った。
     母は私に呪いをかけ、自らの祝いを咲かそうとしていた。勿体ぶった言い方をするのなら、きっとそういうことだろう。
     私が知る限り、あの当時彼女には愛を交わす人間が幾人もいた。
     利用しあう関係もあっただろうが、中には本当に母に愛を施す恋人がいないでもなかったように思う。

     “他者を愛せない人間は他者に愛されない”

     私はそうは思わない。
     世の中は一方的な愛情に溢れている。卑近な事象ではないだろうか。
     愛を得る方が幸せなのか、与える方が幸せなのかすら絶対的な結論はないというのに、どうして愛という感情を秤にかけて質量を図ることが出来るだろうか。
     愛とは均す性質も、必要をも持たないものである。



     今思えば母の中には寄る辺のない少女がいた。  
     少女が不安を訴えれば、母は他者を踏みつけ、自分の相対的な優位を少女に見せつけた。
     少女が足りないと喚けば、母は彼女の欲求に忠実に他者から愛情を貪った。
     その少女は母にとって何よりも優先して、守り尊重すべき存在だった。


     冬の寒い日、母は私にコートを渡した。大人用のコートだったが、防寒になった。
     夏の暑い日、母は私に冷えたサイダーを渡した。炭酸は苦手だったが、喉は潤せた。
     息子である私は憎まれてなどいなかったし、僅かばかりの愛情も貰ったように思う。
     それが愛情だというのかは個々によって異なるかもしれないが、先述した通り愛は質量を図ることが出来ない。
     私が僅かばかりでも、母が私に目線を向けたことを愛情だと認識しているのなら、まぎれもなく愛情であったのだ。
     それでも、彼女の中の少女、詰まるところ底が抜けている愛情を入れる器、とも言い換えられる存在が欲すれば、母は私を含む何をも差しおいて忠実に要求に従った。少女は未熟で欠けていて、何を注がれても満たされないというのに。
     母がどういう変遷を経て少女を育てたのか、或いは少女を大人に育てられなかったのかは不明だが、いずれにせよ、母は己の中の少女の奴隷であったのだ。
     それに思い至った時、私の中に母対する僅かばかりの感情が芽生えた。
     この同情心は突き放したものではなく、寄り添い慰めてやりたい気持ち、恐らく愛しさと言うものだった。
     私は母に僅かばかりの愛しさを感じたのだった。久々に出会った母は私に笑いかけ、私も笑い返した。
     初めはぎこちなかったが、徐々に打ち解ける様を見せた。私たちはこんなにも似た親子だというのに。



    「私の中に、少年はもういない」
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    MEMO『私の少年』


    「今思えば、母は恋人達にそれなりの情はあったように思う。もしかしたら、私に対しても、そうだったのかもしれない。ただ、優先順位の一番に自分がいただけなのだろう。そう思うとき、母が少しだけ愛しくなる」#いいねの数だけうちの子の実在しない小説の台詞を書く
    このタグの回答、あまりに言葉足らずかなと思ったので、短編書きました。

    ☆ ☆ ☆
    「あんたはあたしに恩返しするんだよ」

     幼い頃、母は私に何かある度にその言葉を口に出した。
     子どもの私はその言葉を母に対する負債だとは厳密には理解していなかったように思う。
     赤子がやがて歩き始めるように、腹が減ったらパンを口にするように、いつか自然と時が来たら“おんがえし”という行為をするのだとぼんやり認識していた。当時の私には、与えられた情報の数々を疑う発想がなかった。
     当時の私が抱いていた世界とは、世の中には正しいこととそうではないことがあり、にも関わらず正しさは絶対的ではなく相対的で、どの正しさを選ぶかは極めて恣意的で自らの内面と向き合う行為である――そんな複雑さを持ち合わせない世界だったのだ。
     やがて分別を身に付けると、あれは母が私に施していた呪いだったのだと唐突に思い至った。
     母は私に呪いをかけ、自らの祝いを咲かそうとしていた。勿体ぶった言い方をするのなら、きっとそういうことだろう。
     私が知る限り、あの当時彼女には愛を交わす人間が幾人もいた。
     利用しあう関係もあっただろうが、中には本当に母に愛を施す恋人がいないでもなかったように思う。

     “他者を愛せない人間 1400