彼女はある場所に来ていた。それは知恵の運命を司る星神……ヌースがいる場所であった。
「えぇ、分かってます。貴方の大事なムスメは私がお護り致します。貴方が目覚める時まで。」
ヌースは彼女……ルアン・メェイの脳に直接伝えると眠りについた。それを見届けたルアン・メェイはヌースに向けて結界を張り少し離れた場所に向かう、彼女の目の前には大きなカプセル型のような光の塊がありその中には人が眠っていた。それはヌースが一番に大切にしているものであった……
ルアン・メェイはカプセルに手を当て目を閉じる
「貴方はここに居てはいけない……目を覚ましなさい■■■■」
その言葉に反応したのか光は消え宙に浮いていた人物がゆっくりと下りてきて地に足がついた、長い髪は重力に沿って落ちていく
そして長い間閉じていた目が少しずく開くと赤と黄色の瞳が顕になりルアン・メェイの方を見つめるが少しだけ焦点が合っておらず瞬きをする。
「……」
ルアン・メェイは自分よりも背の高い人物の頬に手を添え、輪郭に沿って撫でるとその人物は目を閉じ口元が少しだけ上がった。思わずルアン・メェイも微笑んだが一瞬にして少し険しい顔になった。
「■■■■、さぁ。ここから離れましょう、貴方にはもっと色んな事を見て学びこの目で体験しなければいけません……そして貴方の本当の自分を見つけ出して………レイシオ」
ルアン・メェイの言葉に対してレイシオは頭を少し傾げるとルアン・メェイは今は分からなくても大丈夫と答えレイシオの手を取り2人はその場から抜け出した、そしてルアン・メェイはある場所にレイシオを連れていく。
そこは超巨大企業で色々と発展が進んでいるスターピースカンパニーであった、まさかの人物がいきなりここに来るなんて誰も想像してはいなかっただろう。彼女に関する噂と言えば目立つことは嫌っており、例え現れたとしても彼女はひっそりと現れ何も無かったかのように去っていく、そんな人物だ。
少し前資料を見ながらそんな噂を上司から何となく聞いた事がありまさかそんな人物がいきなり自分の目の前に現れるなんて思いもしなかった人が1人いた。
「うわーぉ……どうして君がこんな所に……?」
「……」
それは戦略投資部のエキスパート・十の石心メンバーであるアベンチュリンであった。
本日は社内での仕事だった、少し気分転換として人影が全然ない廊下を歩いていたらある意味有名人に遭遇したという訳だ。
「答えてくれないか…えっと…じゃあまず、君はこのセキュリティをどうやって潜り抜けたんだい?結構ここのセキュリティは頑丈だと思うんだけど」
「……」
そんなアベンチュリンに対してルアン・メェイは答えず
「彼をここで保護して貰えませんか」
そう言うと彼女は視線を後ろに向けるのでアベンチュリンも彼女の後ろに立っている人物を見る。その人物…レイシオは窓の外をずっと見ていた。アベンチュリンよりも背が高く、そして長く伸ばされた髪はアベンチュリンと同性とは思えないほど綺麗な髪をしていて服装も本で見たことがある古代の服装に似たものを着ていた。
ずっと窓の外を見つめていたレイシオは視線を感じてアベンチュリンの方を見た
赤と黄色の瞳がアベンチュリンを捕える、一瞬アベンチュリンはビクッとした、全てを見透かされているような感覚になったからだ。深呼吸をし平常心になりルアン・メェイに視線を向けた。
「保護……ねぇ。申し訳ないけどいきなり現れてそこの彼を保護して欲しいと言われてもOKとは言えないよ」
「そうですか……」
ルアン・メェイがそう言ったのでてっきり引き下がるかと思った、見た目的に彼女がそんな打たれ強いとはアベンチュリンは思わなかったからだ。しかし彼女はそう言いながら引き返す様子は見られない。
「では、貴方の上司とお話させてください……このままでは彼はまたあの場所で…… 」
その時アベンチュリンの背後から誰がやってきた。
「あら、珍しいお客様がいらっしゃったのね。何?坊やが連れてきたの?」
「ジェイド!いい所に!」
やってきたのは十の石心の1人、ジェイドであった。
アベンチュリンはジェイドにいきなり現れたルアン・メェイ。彼女が連れてきた彼をここで保護して欲しいというのを伝えた、それを聞いたジェイドは顎に手を当て少し考えると彼女は口元を上げる
「良いんじゃないかしら、なにか事情がありそうね。それについては……」
「彼を保護してくれるのであればお話します」
「決まりね、そうしたら私と彼女とで話をしてダイヤモンドに報告してくるからアベンチュリン、彼を頼むわ」
「ちょっ!?ジェイド!?」
ルアン・メェイはレイシオにアベンチュリンと一緒にいるように伝えジェイドと共に行ってしまった
廊下には残されたアベンチュリンとレイシオの2人。レイシオはアベンチュリンの方をずっと見ていた、気まづくなりこれからどうしようか考える。そういえば彼の名前を聞いていなかったアベンチュリンはレイシオの方を見る
「君の名前は…?と言っても話せないのか」
ルアン・メェイの言葉にも彼は口を開くことは無かった為きっと答えて貰えないと思ったアベンチュリンは彼をとりあえず別室に連れていこうと思い背を向けた瞬間彼は口を開いた
「…レイ、シオ」
まだ声が安定していないが2人きりしか居ない空間でははっきり聞こえた、びっくりしたアベンチュリンは再びレイシオの方を振り向いた
「君…今…」
こくりと頷きアベンチュリンを見つめ再度口を開いた
「僕は…」
ルアン・メェイを連れたジェイドは応接室に入りルアン・メェイをソファに座らせ自分は向かい側のソファへと座る。事前に部下に伝えたので良いタイミングで部下が飲み物を持って入ってきた、2人の前に置き直ぐに応接室から出た。
「さて…貴方が連れてきた彼は何者なの?」
「ある方の大切にしているものです」
「でもそんな大切にしているものを貴方はこのカンパニーで預かって欲しいと…?」
「彼はあそこに居るべき人間ではありません、彼の人生はあの方によって狂わされてしまったのです。彼の自由は奪われ記憶や時間はずっとあの時で止まったまま…いいえ、寧ろ彼の様子からしてあの方に記憶を変えられてしまっている可能性があります。…彼は被害者なのです、そんな彼を助けたかった…しかしあの方が1度目覚めたら数年…下手すると数十年…数千年は目覚めたまま…傍にいる彼を助けるなんて出来なかった。あの方が眠りにつくのをずっと機会を伺っておりました」
「そして眠りについた…という訳かしら?」
「えぇ、私は今がチャンスだと思いました。彼を目覚めさせここに来ました。いきなり来て保護して欲しいなんて非常識なのは分かってます、ですがセキュリティの整っているこの場所なら彼は見つからないと思ったのです。」
「それは大丈夫だけど良いの?……知恵の運命を司る星神のものを奪ってまで貴方は彼を救いたい…それは神の怒りを買うことになるわよ」
「覚悟してます、私たち天才クラブはあの方に選ばれ入ることが出来ます、しかしそれは自分たちの意思で選んでいる、そして私達は自由にこの世界を行き来出来てます。彼の場合はあの方がいる場所で囚われ眠り続ける…自分の意思で歩く事も喋ることも出来ないそんな彼には私達のように何かを得て触れてその目で色んな事を知って欲しいんです。例え私の命が無くなろうとも…それが最初の時救うことが出来なかった私の罪滅ぼしです。関係ない貴方々に巻き込んでしまう事は大変申し訳なく思っております」
「貴方の意志は分かったわ。ダイヤモンドには報告はしておくけどもしの場合も考えておいて頂戴」
「分かりました」
「あと…それは彼には言ったの?」
「いいえ、例えあの方に記憶を変えられたとして…彼の奥底で眠っている記憶はまだ12歳くらいの頃の記憶で最後です。でも彼はあの方によって眠りについても身体は成長し続けました。そんな彼にこの事実を言ったらきっと精神的なダメージを追うだけだと思いその事はまだ伝えてません 。」
「でもきっと時間が経てば彼だって本当の事実を知ることになると思うけど」
「だからこそ彼には色んな事を見て触れて少しずつ思い出していって欲しいのです。本当の自分を…。」
ルアン・メェイはそう言った。
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「僕は…これからどうなる…?」
彼ははっきりと言った、アベンチュリンはその言葉に少し戸惑ってしまった
「分からない、僕にはそんな決定権はないしどうして彼女がここに来て君を保護して欲しいか…何もかもがいきなり過ぎて分からないよ」
「そうか…」
「君は一体何者なんだい? 」
「僕は…」
レイシオは目を閉じて思い出そうとするがすぐに目を開け頭を横に振った
「僕自身も…自分が何者なのか分からない…。目を覚ました時には彼女が目の前にいて僕をレイシオと言った。そして彼女に連れられ此処に来た…。ただ」
「ただ?」
「眠っている間、僕は独りじゃなかったことは覚えてる。僕の父さんだという声だけはずっと語りかけてきたんだ」
「声だけ…?」
「あぁ、白い空間の中で僕と父さんだけなんだ。でも声だけでどんな人なのか分からない…。すまない、君にそれを言っても困るだけだな…。だから僕も分からないんだ。分かったのは彼女が僕の事をレイシオと言ったことだけだ。何故眠っていたのか、自分が何者なのか。あの空間のように真っ白でな、に…も……」
「うわっ!?」
いきなり前に倒れそうになるレイシオを直ぐにアベンチュリンは受け止める。声をかけても反応がなく焦ったがアベンチュリンの耳元で寝息が聞こえ安心した。ここまで来るのに長旅だったのかそれとも体力の限界だったのか分からないが疲れたのだろう眠ってしまったレイシオにアベンチュリンは無意識にクスッと笑った
「あら?坊やいつの間に仲良くなったのかしら?」
首だけを少しだけ動かすと話を終えたのだろうジェイドが帰ってきた。
「ジェイド、冗談はよしてくれよ」
「そう言いながら貴方の表情、とても良かったわよ」
「え?本当かい?」
「じゃあ、無意識かしら。彼はどうかしたの? 」
「うーん、ちょっと疲れちゃったのか途中で寝てしまったね」
「まだ目覚めたばかりでお疲れでしょうね」
「目覚めたばかり?」
「今は話せないけどいつかは坊やもきっと分かるはずよ」
「今のは聞かなかったことにしておくよ。面倒事だと思うし。そういえばダイヤモンドには報告してどうだったんだい?」
「彼女の要望を報告したらダイヤモンドから許可がおりたわ。ただ彼女から聞いた彼の秘密はカンパニー内でも厳重にしておきたいとの事と取り敢えず今はあまり周囲の目に晒すのは良くないとの判断だから坊や彼を取り敢えず貴方のプライベートルームに住まわせて欲しいの」
「えー、もう早速か。面倒事は嫌なんだけどな…それ僕に拒否権はないのかい??」
「ダイヤモンドからの命令で今彼の存在を見たのは私と坊やしかいないし流石にレディーのお部屋に男がいるのも良くないでしょう?」
だから、ね?というジェイドに対してアベンチュリンは己の幸運を少しだけ呪った、確かに彼と話をする事は出来たが正直面倒事は避けたかった。ここだけなら良かったがプライベートルームは1人で居たいのがアベンチュリン、しかしトップであるダイヤモンドからの命令は絶対だ。アベンチュリンはため息を着き仕方がなくレイシオを引き受けることになったのだ。
「じゃあ、よろしくね坊や。あと、少しの間だけ貴方が持っている案件は私とトパーズで引き継ぐから安心して頂戴。彼に何かあったら報告はして」
「分かったよ、トパーズには宜しくって伝えておいて。あ、そうだジェイド。例の案件場所で僕のお気に入りのお店の茶葉買ってきて欲しいんだけど」
「良いわ、後で欲しい数と種類のリスト送りなさい」
「ありがとう」
ジェイドは次の仕事がある為アベンチュリンと別れ、またしてもその場に残されたアベンチュリンは自分のプライベートルームにレイシオを寝かしてあげようと場所を移動しようとしたが流石に自分より身長が高いレイシオをプライベートルームまで運ぶ事は難しかったので彼には申し訳ないが起こすことにした。
「レイシオ、起きて」
すやすやと気持ちよく眠っているレイシオの体を揺するが中々起きない。
「ほーら、起きてくれないと僕辛いんだけどな」
再度揺らすとレイシオの眉間に皺がより不機嫌そうな声を漏らして漸く目を開けた
「………」
「ごめんよ、君を僕の部屋まで運ぶにはちょっときつくってね。申し訳ないんだけどちょっと起きてくれるかい?」
こくりと頷きレイシオは目を擦りながらアベンチュリンの前から退いた、まだ少し眠いのだろう目を細めている。
2人はアベンチュリンのプライベートルームへ向かい到着するとアベンチュリンは部屋のパスワードを打ち込むと扉が開きアベンチュリンは中に入る、レイシオはその光景を見ていると中々入らないレイシオを気にしてアベンチュリンは後ろを振り返る
「入っていいよ、特に面白いものとかないけど。」
そう言われレイシオは中に入る、プライベートルームと言ってもアベンチュリンにとっては仕事の合間で仮眠する程度であり1人にしてはかなり大きい部屋で普通に暮らせるくらいであった。
アベンチュリンはベッドにレイシオを連れ寝かせる、眠そうな目でアベンチュリンを見つめるレイシオにブランケットを被せた
「ここで寝ていいよ、僕はリビングの方で部下に報告とジェイドに頼んだリストを送らないといけないから好きにしてくれ」
レイシオは去ろうとするアベンチュリンの服を掴んだ、アベンチュリンはレイシオの方を振り返るとどうやら一緒に居て欲しいらしく掴んだ服を離そうとはしない。
「はぁ、ベッドがお気に召さなかったかい?申し訳ないけど1番いいベッドはこれしかないんだ。それで我慢して」
その言葉に対してレイシオは首を横に振り不満ではないらしい
「じゃあ何だい?僕のプライベートルームが気に入らないかい?君は今保護対象なんだ、だからここからは出られないんだ」
「…違う」
「男同士が嫌なのかい?と言ってもジェイドも多分断られると思うけど」
「違う…ここに居て欲しいんだ」
アベンチュリンはきょとんとしてしまった、まさかこの男の口からそんな言葉が出るとは思っていなかったからだ。
(どんな暮らしをしていればこんな風になるんだ?)
かと言って断っても掴んだ手はきっと離すことはないだろうと思ったアベンチュリンは再度ため息をつきベットの縁に座わる
「いいよ、居てあげる」
「…ありが…とう」
安心するとレイシオは再び眠った、アベンチュリンはふと幼い時の自分を思い出した、怖い夢を見た日の夜必ず怖い夢をまた見るのではないかと眠れない時よく姉が一緒に寝てくれた。姉は大丈夫お姉ちゃんが居るから怖い夢なんて見ないよと頭を撫でてくれて手を握ってくれた。そうすると怖い夢を続けて見ることはなかった。それを思い出しアベンチュリンはレイシオの頭を撫でると見間違えなのか少しだけレイシオの口元が上がっているような気がした。
「何だか、僕のペースを崩されっぱなしだな」
アベンチュリンもベッドに倒れ込む、報告しようかと思ったがその気力もなくなってしまったアベンチュリンはそのまま目を閉じた