やりたいことねぇ御剣、なんかやりたいことある?
成歩堂が御剣に問う。それは成歩堂にとっては、ほんのささやかな、ふとした疑問であり、自分に出来ることだったら叶えてやりたいという願望であり、単に話の繋ぎであり、話題の提示でもあった。
本当に、何の気なしに口をついて出た話題であっただけで、それが“食べたいもの”であったとしても“明日の天気”であったとしても良かったのだ。
しかし問われた側の御剣にとってはそうではなかったらしく、御剣は眉間の皺(成歩堂曰くヒビ)をさらに深くしていつになく真剣に考え込んでしまう。
御剣が真剣な面持ちで、(尤も彼を知らない者からしたら怒っているように見えるだろうが)考え込んでいる間、成歩堂は暇を持て余すように、御剣の顔を眺める。御剣が美形であるため眺めたくなるというのもあるが、今に限っては本当に手持ち無沙汰なだけ。
「ムぅ……」だか「うム……」だか、時々喉の奥を鳴らして自らの思考に飲み込まれている御剣は、自分がどれほどの間考え込んでいるのか気付いているのかはたまた否か。
何分、だとかいう数字で表してしまえば大して長い間ではないのだろう。しかし単なる日常会話の返答を待つにしては些か長すぎた。
「御剣、思いつかないなら思いつかないでもいいんだけど……」
あまりに難しげな顔で考え込んでしまった御剣に、思考の邪魔をするのは申し訳ないと思いながらも成歩堂は声をかける。
そこまで頭を悩ませなくても良い。普段の会話では法廷とは違い、“答えを出さない”という答えが許されているのだ。無理やり聞き出したい訳ではない。
御剣はかたく閉じていた瞼を開き、少し眩しそうに目を細めながら成歩堂に向き直る。
「すまない。思いつきそうもない。」
そう言ってすこし申し訳なさそうな顔をする御剣に、成歩堂は「構わない」だか「いいんだよ」だか、とにかくそういったニュアンスの言葉を返そうとしていたのだが、それは御剣が続けて発した
「私自身がやりたいことなど、随分長い間、頭の中に浮かんですらいなかったのだよ。」
という言葉に遮られ、そのまま丸めて捨てられてしまった。
その代わりに成歩堂の頭の中に浮かんできたのは“DL6号事件”の文字。
御剣が父親を亡くし、それまでの自分すらも亡くしたことにしてしまった事件だ。
それ以降御剣は、常に何かしらの義務感によって生きてきたのだ。優秀な検事にならなければならないという義務感。師であった狩魔豪に失望されぬようにいなければならないという義務感。全ての被告人を有罪にしなければならないという義務感。
そこに自らの意思は介入すれど、“希望”と名のつくものの入る余地は無かったのだろう。
成歩堂は御剣の肩を掴む。その大きな黒い瞳が真っ直ぐに、御剣のどこか寂しげに揺れる瞳を射抜いた。
「探そうよ。お前のやりたいこと。」