大晦日の夜、「兄貴は家を出てったよ」と柚葉に聞かされたのは数刻前。お互いに死力を尽くしたあの日からまだ一週間も経っていないが、元々この数年は生家にはあまり寄りつかなくなっていたようだ。残されていた荷物をまとめ、あっさりと出ていってしまったらしい。なにも路頭に迷ったわけではないと頭では理解しているが、以前交渉をするために訪ねた、生活感のない部屋を思い出す。
新年を仲間たちと迎え、夜更かしをさせた妹たちを寝かしつけた深夜、興奮冷めやらぬ街を愛機と駆け抜け、再び彼の元を訪れてみた。外から見えたマンションのエントランスには立派な門松が飾られていて、きっとあの日は大きなクリスマスツリーもあったのだろう。
「大寿くん、あけおめ」
「…警備員と警察、どっちか選ばしてやる」
「だって入口閉まってたからさぁ」
三ツ谷家のぼろアパートとは違い、オートロックのマンションだ。ぐるりと回り駐輪場に乗り越えられる低い壁を見つけたのはラッキーだった。部屋の位置は覚えていたので、直接インターホンを鳴らせば不機嫌な家主の声が聞こえてきた。
「さみーから入れてよ」
「断ったら?」
「この階全部ピンポンダッシュ」
無血開城に成功し、重いドアが開かれる。「発想がクソガキだな」と迎え入れた大寿はラフなスウェット姿で獰猛さは鳴りを潜めていた。寝室にでもいたのか、通された暗いリビングはひんやりとして、以前よりも寂しい印象を受ける。
「で?何しに来た」
「柚葉から家を出たって聞いたから…なんか、悪かったなと思って」
「別にテメェのせいじゃねえ」
もうあの家には俺は必要ないだけだ、そう言ってグラスに注いだ水を飲み干す。
方法は違えど、大人のいない家で弟妹を育ててきた彼が下ろした荷物の重たさを、俺だけは知っていなくてはならない。それがこの兄弟喧嘩に首を突っ込んだ俺の責任だ。
「大寿くんさ、俺と友達になろうぜ」
「面白くねぇ冗談だな三ツ谷ァ…今度は何が目的だ?」
「ははっ!ダチになるのに目的なんかねぇよ。俺は大寿くんが嫌いじゃない。そんだけで十分っしょ」
「…ズカズカと図々しい野郎だなテメェは」
そうしてもう一度手を結んだリビングの窓からは、地上より少し早い夜明けの気配がしていた。