「すおちゃんさあ」
のんびりとした口調が唐突に蘇枋の耳に飛び込んできた。声の主は碧の瞳を悪戯っぽくきらきらと輝かせて蘇枋をじっと見ている。「ああ、これは何か碌でもない質問をしてくる気だ」と蘇枋は胸の内で少し身構えた。そうは言っても聡いところがある桐生との会話は、蘇枋にとっては決して不快なものではないのだけれど。
「うん」
「もしすおちゃんとにれちゃんが、二人とも崖から落ちそうになってたとして」
「えぇ、急に何?」
「まあまあ、ただの雑談だよお。で、そこに居合わせた桜ちゃんはどちらか一人しか助けられないとしたら、」
桐生の視線がついっと蘇枋の背後に動く。彼に倣って見やった先には、楡井や杏西たちと雑談に興じる桜がいた。賑やかな面々の話に相槌を打ちつつ、時折控えめな笑みをこぼす姿に目を細める。お前らの会話を聞いているだけで十分楽しいと、いつの日か照れ臭そうに言っていたのは決して嘘ではないのだろう。
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