優しい待ちぼうけと小さな棘の話ウルダハに立ち寄った夜、久しぶりに昔の客から急な仕事を持ちかけられた。いい金額だったからノった。そして帰りが遅くなった。ただそれだけの話だった。
連絡を入れれば良かったと気がついたのは既に客と部屋に入った後、ベッドに上がってから。相手の気が下がるような行動をとりたくはなく、結局明け方客から解放されるまでどうにもタイミングがないまま、今に至ってしまった。
後ろめたいとか悪いとか、そんなことは正直全く思っちゃいない。いないのだけれど、どこか今更の連絡も入れにくく、結局何も言わないまま、俺は自宅の扉を静かに開けた。
「……んん…」
玄関に一番近いソファで寝こける男。待っているつもりだったのか部屋着にすらなっていない。
ふと目をやると、食卓に並べられた料理。素朴な、だけどしっかりとした、クリスタリウム風のものだ。
それを見た時、少し。本当に少しだけちくりと胸を棘が刺した。
「ん……あ、おかえりなさい…」
寝かせておいてやろうか、起こそうか。考えているうちに兄貴が目を覚まし、ふにゃ、と笑いかけた。
「お疲れ様です…ご飯、どうします?」
こちらを責める気のない態度に、棘がもう一つ増える。
「……食う」
実を言うと、晩御飯は客の懐から既に出させていた。ウルダハでも有数の高級料理店のものだった。…食卓に並べられていた冷めきった料理はそれに比べたら大層安い。それだというのに、どうしても欲しい価値を感じて、ついそう答えてしまった。
温め直しますねー、と料理を持って台所へ向かう兄貴の背中を追う。
そしてその背中、ふわ、と。らしくもなく優しく抱きしめた。
「…ルガノ?」
「……」
動きを止めた愛しい背中が、怪訝な声を出す。
…ああ、畜生。この感情を出す術が俺にないことがこんなにも悔しい。
「……次は、リンクパールで通信入れてやるよ。…気が向いたら」
一つも自分の感情を伝えられないまま。そして余計な装飾[嘘]ばかりついた俺の言葉。
「…ええ。ありがとうございます」
何もかもわかっている、と。優しく撫でるような声色と温まってきた料理の香りが、部屋を満たしていった。