🩵と🩷/ 『じゃあな』 気が付けば、9月も中旬に差し掛かろうとしていた。涼しい風が吹いては、夏の匂いをどこかへ運んでいく。
――つまんね。
猿川慧は小さく息を吐き出して、帰路を歩んでいた。真っ暗な夜道に、頼りない街灯が等間隔に浮かんでいる。時たまチカチカと点滅し、まるでホラー映画の冒頭かのような光景に、思わず背筋が伸びる。
「早く帰ろ……」
呟いては消えていく言葉に、またひとつ息を吐き出した。
喧嘩帰り。見ず知らずの気に食わない人間を殴った拳は擦れて赤く染まり、殴られた頬には軽い痛みが走っていた。つい数分前まで喧騒の中にいた身体は、興奮冷めやまぬ。熱い身体に吹き付ける風は、心地が良い。
時刻は、深夜。
あともう少しで日付も超えようとしているような時。
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