よふかし 夜明けが近づく頃にこの街は眠る準備をし始める。人の往来が疎になると喧騒は遠のき、通路に広げられた商売道具たちが建物の内側へと追いやられ、ピシャリと閉じられた曇りガラスの戸に隠された。ネオンサインの電光看板も店先で揺れる提灯からも光が消えて、夜闇を彩った艶色が抜け落ちていく。寝る前に化粧を落とすのと同じようなもんだ。
隣の男はまだ帰らない。スタウトの瓶底に残った最後のひとくちをゆらゆら回しながら街の寝支度を見守っている。ぬるくて気が抜けてて、麦の旨みもアルコールの強さもない呑みやすさを重視したチンタオビールは観光客にあまりウケないが、奴がいま呑んでいる黒ビールの方は結構人気らしい。甘酸っぱい香りとローストの風味。こっくりとした味に強い苦味と酸味がきいていて、度数もそれなりに高い。中華料理に合わせると最高。現にルークは数時間前に店で出された大盛りの古老肉とそいつで乾杯してからずっと上機嫌だ。
1882