不香の花幼い頃は雪の中にいるアイツを見失うことが多かった。瞳を閉じている時なんかは特に見つけられない。人より色素が薄いアイツは簡単に銀世界と同化してしまうのだ。いつだって追いかけたいのに、並びたいのに、追い抜かしたいのに全然見つからないアイツ。当時は雪が降る度に機嫌が悪かった気がする。
そんなある日、師がこっそりと耳打ちをしてきた。見つからないなら見つけられるようにすればいい、と。そんなことを考えたこともなかったが故に硬直した弟子へ師は微笑みながら毛糸玉と編み棒を差し出す。真紅の毛糸玉はアイツの瞳のようで、気がついた時には毛糸玉と編み棒が手の中に存在していた。
己の手で生み出した真紅を身にまとったアイツの姿を想像していたら体が勝手に受け取ってしまっていたらしい。だが、ここからが苦行の日々だった。ろくに家事さえもやってこなかった者が数日で何かを生み出すということは到底無理な話であって、やっと納得できた物が完成したのは雪解けの季節だった。
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