10 years メッセージアプリで店の住所を受け取った時から、英二の頭の中にはなんとなくしゃれた店が浮かんでいた。
マンハッタンの南西部に位置するソーホーは、いまや高級ブティックや新進気鋭のアーティストのギャラリー、ちょっと敷居の高いレストランがこぞって出店する一大観光エリアだ。
かつてはお金のないアーティストやデザイナーたちのロフトやアトリエが集まる芸術家の街だったが、地価の高騰で家賃が払えなくなり彼らのほとんどはこの地を去った。
いま住んでいるのは富裕層で、その富裕層や観光客向けのやたら物価の高い、にぎやかな街になっている。英二自身、仕事で大手デザインスタジオを訪れたりオフの日にアートギャラリーに足を運ぶことはあっても、プライベートで食事をしたり買い物をした記憶はあまりない。なにしろ、Tシャツ一枚が英二のその日着ている服全部足した金額より高かったりするのだ。ニューヨークに住んで十年になる英二よりも、数日間滞在する観光客のほうがこの街の楽しみ方を心得ているに違いない。
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