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    iceasahi

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    ディノの死から10年、29と31になった付き合って10年肉体関係なしのA英が初めて迎える夜。の途中までです、すみません!

    #A英
    ##新刊下書き

    10 years メッセージアプリで店の住所を受け取った時から、英二の頭の中にはなんとなくしゃれた店が浮かんでいた。
     マンハッタンの南西部に位置するソーホーは、いまや高級ブティックや新進気鋭のアーティストのギャラリー、ちょっと敷居の高いレストランがこぞって出店する一大観光エリアだ。
     かつてはお金のないアーティストやデザイナーたちのロフトやアトリエが集まる芸術家の街だったが、地価の高騰で家賃が払えなくなり彼らのほとんどはこの地を去った。
     いま住んでいるのは富裕層で、その富裕層や観光客向けのやたら物価の高い、にぎやかな街になっている。英二自身、仕事で大手デザインスタジオを訪れたりオフの日にアートギャラリーに足を運ぶことはあっても、プライベートで食事をしたり買い物をした記憶はあまりない。なにしろ、Tシャツ一枚が英二のその日着ている服全部足した金額より高かったりするのだ。ニューヨークに住んで十年になる英二よりも、数日間滞在する観光客のほうがこの街の楽しみ方を心得ているに違いない。
     英二の予想どおり、ショーターの予約した店は赤レンガ造りのクラシックな建物の一階にあった。店構えだけで英二のような人間は圧を感じる。Laで始まる店名のレストランはだいたいしゃれているという英二の持論はまたもや当たってしまった。
     入店するなり白いシャツと黒いエプロンを身につけたウエイターが近づいてくる。ショーターの名前を告げると、すぐに店の奥へと通された。先にテーブルについていたショーターが英二に向かって片手を上げているのが遠目に見えて、英二はほっとした。
     白いクロスがかけられたテーブルは4人用で、一方に一人掛け用のソファーが二つ並び、その向かいに幅広の二人掛け用のソファーがあった。ショーターは一人掛けのソファーに悠々と座っている。英二は二人掛けソファーの、ショーターの正面に座った。羽織っていたデニムジャケットを脱ぎ、くるくると丸めて背中とソファーの背もたれの間に挟む。
     英二は白い紙に黒字で印刷されたメニュー表を取り上げたが、さっぱり読めない。裏返すとこっちは英語で問題なく読めた。
    「いい時計してるな」
     ショーターが英二のメニュー表を持つ手元を見て言った。
    「すごいな、見ただけで分かるのかい?」
    「まあな。高かったろ」
    「たぶんね」
    「たぶんってことは自分で買ったんじゃないのか? いや、待て、当てさせろ」
     ショーターは右手を顎に当ててほんの少し考えるそぶりをした後、ニヤリと笑った。
    「アッシュだろ」
    「名探偵ショーターだ」
    「お前にそんなもの送るのは、俺の知る限りあいつしかいないしな」
     それもそうだ。
    「あいつもなりふり構わなくなってきたな」
    「どういう意味?」
    「プレゼント、時計、意味で検索しなかったのか?」
     思わず噴き出す。
    「なにそれ」
    「おいおい、笑ってる場合か。そこはしてやれよ、しなきゃ報われないだろうが」
    「報われるって?」
    「あいつの精一杯のアピールの可能性は考えなかったのか?」
    「そういうんじゃないよ」
    「そう思いたいだけだろ?」
     英二の顔をうかがうようにわずかに首を傾げてのぞきこむショーターを見て、英二はかなわないなと苦笑した。
    「アッシュは、僕のこと、好きなのかな」
    「そりゃ好きだろ。俺も英二のことは好きだぜ」
    「ありがとう。僕もだよ。最近は料理の腕前も上がってきたしね」
    「最後は余計だ」
     二人、目を合わせて笑う。
    「いつからかははっきり分からなかったが、付き合ってんだろ」
    「そうだね」
     聞かれて、そういえばショーターにはっきりと二人の付き合いを報告したことはなかったなと思った。ショーターだけではない。アレックスも、ボーンズもコングも、マックスでさえなんとなく二人の関係を察していながらあえて何も聞いてこないんだろうと思っていた。
    「アッシュは君に何も言わないかい?」
    「あいつが言うと思うか?」
    「言わないか……」
    「聞いてたら三日三晩続くパーティーで祝ってやったのに」
     英二は、ははは、と笑った。
    「実は、今年で十年になるんだ」
     そう打ち明けると、ショーターはあんぐりと口を開けた。絵に描いたようなびっくり顔だ。
    「十年ていや、あの後すぐか」
    「そう」
    「それはさすがに考えなかった」
    「隠してるつもりはなかったんだ。実際、ショーターは途中で気付いたろ?」
    「まあな。でも、距離が近いだけだと思ってた頃もある」
    「どういう意味?」
    「お前ら、最初からやたら距離が近かったろ? アッシュは初対面のお前に愛銃を触らせたり、アッシュのほうからキスしてたらしいじゃないか」
    「それは、たまたまそういう状況だっただけで、」
    「それにしてもだ。アッシュが極端なほど他人と距離をおきたがるのは知ってたろ?」
     知っていた。そしてそれが彼のトラウマに深く根差したものだということも。
    「……平和ボケした日本人だから、アッシュの警戒線に引っかからなかったのかも」
    「おいおい、本気でそれが理由だと、」
     向かいに座るショーターが不意に言葉を切った。その視線は英二から逸れて、英二の背後に伸びている。
    「悪い、遅くなった」
     振り向くと、少し息を乱したアッシュが到着したところだった。すぐさまにこやかに近づいてきたウエイターに、着ていた薄茶色のコートを手早く脱いで渡す。ついでに英二の背中で丸まっていたデニムジャケットも取り上げられて渡された。アッシュのこういうところは本当にめざとい。デニム生地だし別にいいか、と思ったのだが、本来の持ち主にとってはそうではなかったようだ。
     アッシュは二人掛けソファーの、英二の隣に腰かけた。
    「何か頼んだのか?」
    「ううん、まだだよ」
    「お前、今日の昼は?」
    「えーと、なんだったっけ……」
    「その言い方は食べてないな?」
    「忙しくて食べる暇がなかったんだ」
    「それは理由にならないっていつも言ってるだろ」
    「ほんとに時間がなかったのに……」
     不満そのままに唇を突き出すと、アッシュにじろりと睨まれた。
    「魚と肉、どっちの気分だ? パスタもある」
    「肉かな」
    「お前は? ショーター」
    「俺も肉。でっかいのにしようぜ」
     アッシュは「子どもか」と低くつぶやいた後、視線でウエイターを呼び注文を告げた。
    「サラダのドレッシングは?」
    「何でもいい、君に任せるよ」
    「お前はそればっかりだ。ちょっとは自分で決めたらどうだ?」
     そうは言われても、本当にドレッシングにこだわりがない。それなら「油っぽい」だの「酢が効きすぎ」だの注文の多いアッシュが選んだほうがいいに決まっているのに、アッシュは必ず英二の意見を聞いた。
    「さっぱりとこってりなら?」
    「その二択ならさっぱりかな」
     アッシュはショーターに確認しながら、三、四品注文した。
     いつからだろう。アッシュがこんなにも英二に対してあれこれ世話を焼くようになったのは。
     最初は英二のほうがその役回りを負うことが多かった。アッシュときたら、寝ぎたないし、放っておいたら三日だろうが一週間だろうが同じものばかり食べているしで、手を貸さざるをえなかった。でもいつの間にか朝ひとりで起きるようになって、アッシュが朝ご飯を作る回数が増えていた。キッチンに立つようになったら、英二の食生活にあれこれ口を出すようになるまであっという間だった。元々アッシュに食べさせるためにあれこれ用意していたようなものだ。自分ひとりのためなら冷蔵庫にあるものを適当に食べるので十分だし、忙しい日の昼間なんて食べるのを忘れていることもしょっちゅうだった。それがアッシュにばれたあたりからかもしれない。アッシュの世話焼き病に拍車がかかったのは。その頃にはもうアッシュはどういうルートを経たのか今の会社に職を得ていて、まっとうな勤め人になっていた。今日のようにスーツを着て出勤する日には、朝からカッターシャツの袖をまくり上げてキッチンに立つ。寝ぼけまなこにまばゆいその姿を見ながら、英二はあれこれ言われながら出されたものを食べるだけだ。元々口調がぞんざいなだけで、アッシュは面倒見のいい、優しい人間だ。本人に告げても「そんなことを言うのはお前くらいだ」と鼻で笑われて、全然取り合ってもらえないけれど。
    「で、アシスタントの英二は、昼食も摂れないほど何がそんなに忙しかったんだ? 今日はフォトスタジオに行くだけじゃなかったのか?」
    「嫌味なやつだなぁ」
     前言撤回しよう。ちっとも優しくない。
     今日の英二のしたことといえば、アッシュの言う通りフォトスタジオに行っただけだ。問題はその回数で、機材トラブルに見舞われ、事務所とフォトスタジオを三往復するはめになった。
    「あ〜もう、何か飲もうかな」
    「お、いいな、ワインでも開けるか。お前は? アッシュ」
    「おれはいい。酔っ払いを連れて帰らなきゃいけないから」
     それは言い訳だ。三人で飲むようになってわかったことだが、英二はアルコールに強いたちらしく度を過ごさない限り酔っぱらって自力で帰れなくなることはない。アッシュが飲まない理由を推し量るのはやめにして、ショーターと頭を突き合わせてメニュー表の赤ワインのページをのぞきこんだ。
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