彩珠島の夜は静かだ。
波音と虫の声。人の気配は薄く、星がよく見える。
そんな夜に、イルディオはよく海辺を歩いた。
何をするでもなく、ただ、歩く。風を感じ、気まぐれに羽根を広げ、潮の匂いに目を細める。
異世界から迷い込んで一ヶ月。
政府に保護され、島に住まうことを勧められ、アパートの鍵を渡されるまではあっという間で。
「当面の生活費と支援金はあります。落ち着いたら、島の研修施設に──」
そう言われたが、イルディオはただ頷いた。
別にすることもない。ただ、“ここ”で生きるしかないから。
そんな日々の中で、時折思い出すのは、あの人の声だった。
師であり、主であり、檻だった──あの人。
寡黙な吸血鬼だったが、ふとした時に静かに歌っていた。無骨で、不器用な旋律。
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