沈黙の境界線きっと灯世は、弥代が好きなのだと思う。
灯世はいつも通りだ。無表情で、無口で、何もかもを冷静にこなす。なのに、事務所に寄った時には、必ず真っ先に弥代を探す。周囲にはろくに目もくれず、まっすぐに。
「弥代」
その名前を呼ぶ時の声は、他の誰にも向けないほど柔らかい。誰よりも寡黙なはずの男が、その一言に込める感情の濃さが分かってしまう俺は、きっと知りすぎている。
弥代に向ける灯世の瞳も、優しい。
情があることを表に出すような男じゃないのに、弥代の前では、何故かそれが滲み出る。気づかないふりもできた。しようと思えば、俺はずっと、そのふりで過ごせた。
けれど——ある時の灯世が、それを許さなかった。
「味はわからなかったが、それでも、また食べたいと思った」
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