岡暦本進捗『それじゃ、暦、明日は夕飯たくさん作って待ってるから。お腹空かせて帰ってくるんだよ』
「わーってる。そんじゃ、また明日な」
スマホから顔を離すと、画面は名残惜しそうに母親の名前を表示したあと、ふつりと通話終了を知らせる。ほんの少しの罪悪感を助手席のリュックに押し込み、俺はカーラジオの音量を元に戻してから車をゆっくりと発車させた。空港近くで借りたレンタカーは消臭剤のにおいがかすかに残っている。窓を開けると、懐かしい湿度の風が前髪を吹き上げた。
ラジオは去年流行った曲を数十秒流したかと思うとすぐフェードアウトし、男のパーソナリティーが明るい口調で歌手の名前を読み上げた。一足早く夏の気分を味わえましたね、というコメントに、同席しているらしい女性が「沖縄は年中夏の気分ですけどね」と笑う。ここを離れてから、その奇妙さがやっと納得できた。
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