だって愛だからさ 部屋の扉に背を預け、男がひとり、赤ん坊のように丸くなって眠っている。
新月の夜を思わせる美しい黒髪と、薄手のシャツからすらりと伸びる白魚のような腕。暗闇に溶け込むそのひとに視線を落とし、それが誰なのかすぐに気が付いた俺は、苦笑交じりにちいさく息を吐いた。――いくらこのマンションのセキュリティがきちんとしているからって、流石にこれはまずいんじゃねぇの。
「……起きて、朔間先輩」
名前を呼びながら視線を合わせるようにその場にしゃがみこんで、すうすう気持ち良さそうに寝息を立てている先輩の身体へふたつの指先でぴたりと触れた。先輩にしては高い体温が、皮膚を介してじんわりと伝ってくる。
ぴくり。先輩の意識は俺が想像していたよりもずっと浅いところを漂っていたらしい。触れた部分から波紋がひろがるみたいに、熱を持つ先輩の身体がちいさく揺れる。それから、言葉にならない音をむにゃむにゃ零して、ゆっくりと先輩の頭が持ち上がった。橙色の照明を弾く長い睫毛が震え、薄い瞼の下から血みたいに真っ赤なルビーが顔を覗かせる。
2291