『檻と幽香』 普段から良い香りがする人であることをよく知っている。
それはルチルの記憶にある限りずっとずっと、同じ香りのままだ。幼い頃の記憶だ、だから朧気だと疑われても仕方がないと思う。恐らく南の魔法使いなら絶対に分かる類いのぼんやりとした香り。香水のものではなくて、柔軟剤やシャンプーのようなやわらかいもの。
けれど、こうもいつもとは違う香りを身にまとっていたら誰だって気にもなる。柔らかい陽の光のような香り、南の国のお医者さんの香りとして腑に落ちるようなものが、冷たさを孕む空、海のように深く青い存在を想起させるように染まっているのだから。
「フィガロ先生。今日、香水をつけておられます?」
「そうだよ。よく気付いたね。」
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