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    kashi_futon

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    kashi_futon

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    2022.02.26開催 非称号オンリー「月の導きに背いて」にて展示しているオズフィガの新作小説です。イベントが終わったので全体公開しています。元は書き初めとして書く予定だったものを引っ張り出してきました。香水に狂った人間によるものです。妄言・捏造があります。

    ##オズフィガ

    『檻と幽香』 普段から良い香りがする人であることをよく知っている。
     それはルチルの記憶にある限りずっとずっと、同じ香りのままだ。幼い頃の記憶だ、だから朧気だと疑われても仕方がないと思う。恐らく南の魔法使いなら絶対に分かる類いのぼんやりとした香り。香水のものではなくて、柔軟剤やシャンプーのようなやわらかいもの。
     けれど、こうもいつもとは違う香りを身にまとっていたら誰だって気にもなる。柔らかい陽の光のような香り、南の国のお医者さんの香りとして腑に落ちるようなものが、冷たさを孕む空、海のように深く青い存在を想起させるように染まっているのだから。
    「フィガロ先生。今日、香水をつけておられます?」
    「そうだよ。よく気付いたね。」
     ルチルの声に振り返ったフィガロはにっこりと笑う。手元に光るオーブが窓枠から入り込む夕焼けを反射してきらきら煌めいた。
    「とても良い香りだったので。先生が香水を付けられるの、珍しいですよね?」
    「まあね。ちょっと気分が向いたからさ。」
    「気分?」
    「うん。気分だよ。」
     そして、ルチルはこの人が少なくともただの気分で簡単に動くような気分屋ではない、ということを知っている。フィガロはきっとルチルがそのことに気づいている、ことに気づいている。だからこそルチルは素直に誤魔化されてやるしか出来ない。
    「ふふ。素敵な気分ですね。」
     ふわりと柔らかな瞳をして穏やかに言う、それが正解。音もなく魔導具を仕舞ったフィガロはまたにこっと口角を上げてルチルに笑いかけた。
    「そうだろう?」
    「ええ。」
     誰にだって踏み込んで欲しくないところというものは存在するものだ。その理由は至って様々であるものの、フィガロの場合はそれが滅茶苦茶に絡み合って解けなくなってしまっているもので。それを知っているのは魔法舎の中でも年長の魔法使い達だけで、特によく知っているのはもっと限られた魔法使い達だけ。
     だからこそ、それをルチルは知る由もない。優しげで冷たくてやわらかくて酷く鋭くて、それでいて甘えたがりの魔法使いが甘えを見せる相手がいることも、こうやってわざとらしく香水をつけている理由も。




    ///




    「フィガロ、北の魔法使いみたいな香水つけてるんだって? ……ってオーエンにまで言われてね。思わず笑っちゃったよ。」
     ぱき、とグラスの中で氷が割れる音が響いた。度数の高いアルコールをぐいと煽ったフィガロは陽気にへらりと笑う。北の魔法使いみたいな香水って何だろうねえ、とでも言いたげなその表情に、オズは胡乱な瞳を向けた。
    「そうか。」
    「……ねえ。何とも思わない? お世辞でも良い香りがするだとか言ったらいいのに。」
     世辞が言えるような男ではないのを知っていたけれど、世辞のひとつくらいは諳んじることが出来るように教えたつもりだ。それにフィガロが相手であるから言えないということではないはず。なら言わないのはオズの意思なのだろうが、そうなるとフィガロの気に食わない。
     ただここで素直に素敵だとか良い香りだとかいう歯の浮くような台詞を吐かれたとすると、それはそれでオズへの認識が変化してしまうものだから少し困るし素直に驚いてしまうだろう。おまえ、そんなこと言えたんだ、と。そうなるとオズの機嫌が急降下してしまうのは目に見えている。
    「思わない。」
    「そんなんじゃ女の子にモテないよ?」
    「別に……。」
     オズはふいとフィガロから視線を逸らして酒を飲んだ。対照的にグラスをくいっと煽ったフィガロの頬には僅かに紅が上っていて誰の目にも少しずつ酔ってきているなということが嫌でも分かる。
     流石に扉をないもののように扱ってオズの部屋に乗り込んできたフィガロを思わず追い出そうとしたオズは悪くないと思うし、その流れのまま呪文を唱えて数本の酒瓶を出したときは流石にぎょっとした。それらを両腕に抱えたフィガロが度数の高い酒を開けようと提案してきたときは反対しようとしたが、オズが何かを言う前に全て声に呑み込まれ、あれよあれよと霧散させられた。そのせいでフィガロの意のまま美味しいがアルコール濃度が高い酒を煽ることになったのだが、もう既に後悔しかけている。
    「折角女の子たちのことイチコロにできる手練手管教え込んでやったのに。」
    「頼んでなどいない。」
    「ははっ、それもそうか。」
     そもそもオズの部屋で酒を飲む時、二回に一回はろくでもないことや面倒なことが起こると思うのはオズの勘違いではないだろう。例えば、けらけらと笑い上戸になったフィガロの口を塞ぐのに一苦労したことも、覆い被さってくるフィガロを必死になって押しとどめたのも、散々に酒を煽るだけ煽り黙り込んでしまったこともある。酒に完全に溺れるほど愚かな男ではないのを知っているけれど、ここまで酷いことが数回に1回あっては気が気ではない。
     されどフィガロが自分に向けるものは少なくとも黒く苦いものではないのは確かだろう。そうだとしても、ここまであけすけに他には見せないような顔をされるとなると。どうもフィガロがフィガロではないような気さえする。
    「あーあ、可哀想なオズ。」
    「何故だ。」
     オズの部屋で酔い潰れられたって良いことなんかひとつもないのだから、今すぐにでも部屋の中よりは寒い廊下に放り出すか部屋まで転送すれば良いものを、と自分でも思う。それをしないのは紛れもないオズの意思だ。だから笑えない。
    「だって。双子先生が育児放棄しなかったら、あんな風に何もかもを俺が教えることなかったのに。」
    「可哀想かどうかは私自身が決める。」
     酔ったフィガロはいつもよりも少し口数が増えて(元からよく話す男ではあるが)いつもよりも少しだけ、ほんの少しだけ柔らかく目尻から笑う。この顔を知っているのも、そもそもこうやって些細な部分の変化も見抜ける者がいるのか、どうか。それをオズは知らないし聞くつもりもないけれど、自分以外にこの男が甘えのようなものを見せているのかと考えると不愉快な気分になる。その薄暗いものが生まれた理由は分からないけれど、最近ようやくそれが自分がフィガロに向けている感情のひとつであるということに気がついた。
    「ごもっとも。今日はよく喋るね。」
    「……気のせいだろう。」
     いつもは大抵フィガロがひとり喋って、オズはその話を聞いているだけであることが多かった。それは数千年前からずっと変化しないふたりの関係であったし、これからもそのままだとてっきり思っていた。この先に変化が与えられるものでもないと思い込んでいた。けれど最近はオズもよく話すようになったと思う。
    「まあいいや。ここからが本題なんだけど……。」
    「本題?」
    「なんで俺が香水みたいな柄じゃないものつけてるのか、分かる?」
     香水という文化は元からあったものではない。元を辿れば、発祥は北の国のものだ。それをいたく気に入った西の数奇な魔法使いが全ての国に広めた。余談だが、その魔法使いの末裔は後に高級香水ブランドを立ち上げ、今でも香水で名を馳せている。
     だがしかし、香水の文化は人々の生活に浸透しているという訳ではない。現にフィガロですら、持ってはいるものの日常的に、もしくは頻繁に使用しているという訳ではない。小洒落た人間や魔法使いは特筆した理由もなしに香水を使うものだけれど、それはあくまで少数派の意見だ。だからこそ香水をすることは珍しいものであるように認識されている。
     そして繰り返すが、フィガロは普段から意識的に香水を身に纏っているという訳ではない。その意味するところをと聞かれても、普段とは違うことしか分からないだろう。
    「……分からない。」
    「正直だねえ。ま、分かんなくてもいいんだけど。」
     ことん。まるく平仮名で効果音が出されそうな位に優しくグラスを置いて、フィガロはオズとの間にあいた距離を詰めた。椅子に深く腰掛けていたオズはその動きに咄嗟に反応できず、顎を掬い取ったフィガロは勝ち誇ったような顔をする。
    「賢者様の世界では、香水は相手にキスしてほしいところにつけるものなんだって。」
     香水、賢者、キス。フィガロがオズに齎すものはオズにはあまりにも情報量が多いことが少なくはない。今回の場合は特にそれが多かったような気がしなくもない。
     誰が言ったのかは賢者の世界の人間なのだから勿論知りやしないけれど、その通りであるのかもしれないとふと思う。そうやって願いや望みを込めて届けたい者に香りを覗かせる。
     それが本当に存在する言葉なのかどうか、真偽は定かではない。賢者の事だから嘘ではないだろう。というよりは、そのようなことは些細な問題にしかなり得ないのだ。正しいとか間違っているとか、そういうことは自分が決めるのだから。
    「…………それは。」
     そういうことなのか、と続けて紡ごうとした唇に細指がとん、と触れた。その続きは喉の奥に呑み込まれ、その代わりにフィガロの唇の方が開くように形を作る。
    「ね。……だめ?」
     わざとらしく目尻を下げ、甘えるみたいにひらがなでオズに囁いた。自分が強請ればそれをオズが汲み取りたくなってしまうのが分かっているような表情を浮かべる。この男のこういう所が酷く疎ましく、酷く好ましい。この場合の疎ましいとは全く悪い意味ではないのは明白であろう。
     端的に言えば、ずるいのだ。この男は。フィガロから言わせれば「オズの方がずるいでしょ。ただのオズのくせに。」だそうだが、オズにはフィガロの方がずるい男にしか思えない。駆け引きが上手い。オズを扱うのに長けているのはある意味で当たり前なのかもしれないが、しかしそれにしても、だ。
     無意識に獣が唸るような声が出そうになるのを引っ込めた。 駄目なわけがないだろう。と心の中で呟いた、その感情が籠もった声が名前を呼ぶ。
    「………フィガロ。」
     他の人間とも魔法使いとも比べたことはないけれど、フィガロはへらへらした軽薄の甘えは比較的誰にでも振りまく癖に、オズにしか見せないような顔で想いを強請る。しかし、この男がこうやって目に見える形で甘えをだしてくるのは珍しい、と思う。少なくともこういう意味での甘えを自分だけに見せているという仮定での話ではあるが。
     だから、といっては辻褄が合っていないが、その甘えのような何かへの返答の代わりに手首にキスを落とした。手首に香水を付ける人が多いということは奇しくもフィガロから教わった事だった。だから恐らくフィガロもそれに従って手首に付けていると考えたのが正解だったらしい。
     香りがどこからしているのか、そんなことはただの口実で。それを分かっているからこそ、大人しく騙されてやるふりをする。だがただ従順なままでは面白くないのは当たり前の話だろう。
    「ん、よく気付いたね。」
     良い子良い子、とでも言いたげに自分を見上げる頭を撫ぜる。ゆるりと指の通された紺髪がむっとした表情を作った。端正な無表情に自分が何かを仕掛けることで一気に幼さが浮かぶのが、フィガロにはなんとも面白い。殆ど酷似していることをオズも思っているが、このことをふたりともがお互いに知らないのはいっそ面白いまであるだろう。
    「ちょ、くすぐった、ん……ッ、!」
     手首に数回口付けを降らしたオズはそのままフィガロの身体を引っ張った。力の抜けた身体は間抜けな声をしてオズの上に落ちてくる。何が起こったかフィガロが把握するまでに首元にまで唇を落とし始めたオズに、フィガロはぎょっとしたように身を捩った。こんなに至近距離まで近付いているのだから逃げられるはずもないというのに、 咄嗟の反射で胸元を押す。びくりともしないのに軽い頭痛を覚えて、もう一度力を込めて押してみる。距離を取るなんて以ての外だ。
     一縷の望みに何かをかけることはフィガロの趣味ではない。奇跡に命運を託すよりも、自分自身で積み重ねてきたものこそ信用するに値する。だからこそ経験則的に分かるのだ。こうも何故か力の差が出来てしまった今では、自分の抵抗なんか無に等しいのだと。
    「オズ。」
    フィガロは思わず待て、を言いたげにオズの名前を鋭く一回だけ呼んだ。途端に動きを止めて大人しくフィガロを見上げる。ふてぶてしくも見える表情で一言、端的に。
    「なんだ。」
    「そこまでしろって言ってない!」
    「お前はキスをしろとも言っていないだろう。」
    「それはそうだけど……。」
     つややかに流れる髪が顎の辺りを撫ぜて、 喉がひくりと慄いた。辛うじて情けない悲鳴をあげなかっただけまだしも、酒の熱に溺れた頭はオズの行動に全部を流されそうになってしまう。頭を振ってそのばかばかしい考えを振り払ったフィガロは、再び唇を落とそうとしたオズの口元を手のひらで塞ぐ。
    「なあ、ちょ、オズ! なあって!」
    「いやだ。」
    「いやだとかそういう問題じゃ、………え? いやって言った?」
     ぽかんと口を開けてオズの台詞を反芻したフィガロ。その瞬間を目敏く狙ったように、口を覆っていた手のひらをどけて腕を掴むと、それが聞き間違えではないようにもう一度復唱してのけた。
    「ああ。いやだと言った。」
    「だからって、んッ、……。」
     唇に落とされたものは柔く、脆く。言葉を奪いたかったのだろう。少しずつ冴えてきた頭はそう分析する。
     ひどく、ずるいおとこになってしまったと思う。嘘だ。酷くずるい男に育ててしまったと思う。その自覚が存分にある故に何も言えなくなってしまう。ただひとつだけ確信しているのは、自分がこの男に与えたものによって自分が雁字搦めになりそうになっているということで。
     逃さないとでも言いたげに唇を割ろうとしてくる舌先を強めに噛んでやると傷が付いたらしく生温い液体が舌先に触れる。血の味が一気に口の中に染み渡り、オズの魔力が身体に流れる心地がした。まずい。
    「キスで黙らせられると思ってたら勘違いだからな、オズ!」
    「そのようなことを思ってはいない。」
    「じゃあ、」
     口を塞ぐ。もう一度の許しを乞うように、あまく染まった舌を入れ込んだ。唇寸前まで出てきかけていたフィガロの言葉は喉まで逆戻り。酒だけではなく濃い魔力で酩酊しかけているフィガロの視界はぐらぐらと揺れてしまう。このまま流されるように黙ってやるつもりはないけれどこうも物理的にやり込められるとなるともう最早どうしようもない。
    「……先に誘うようなことをしたのはお前の方だろう。」
    「それはそれ、これはこれだろ!?」
    「本当にだめだと言うなら、逃げたら良いものを。」
    「は、」
     くらりと完全に酒に酔ってしまったように目眩がした。こんなのは教えてない。誰に教わったんだ。と、ここまで考えて、オズ自身の成長の可能性に気付いてしまったフィガロはさあっと顔色を赤くして青くして、結局紫色にまで染め上げた。器用なものだとオズが思った瞬間、フィガロは再び真っ赤にする。
     指摘された瞬間に自分の行動の意味することを理解させられる時点で白旗ものだ。確かにフィガロの口は嫌だ駄目だと囀るものの本気の抵抗を見せてはいない。それを見抜けるようになったとは。
    「逃げるなら追わないつもりだが、そうでもないようだな。」
     自分を少し上から見下ろす視線には余裕綽々なような笑みが浮かんでいる。珍しく楽しそうだなと現実逃避気味に思わざるを得ない。
    「くそ、生意気になったな……。」
    「元からだろう。」
    「自分で言うなよ!」
     フィガロは内心でなんてこった、と思いつつも、この男に『こうすれば良い』と思わせたのは自分だという事実に頭を抱えた。だって、何までとは口が裂けても言えないけれど、教えたのも学ばせたのも、フィガロ自身だ。これに関しては双子がフィガロに押しつけたのもあったため、どうにでもやりようがあったのに。今ならそう思う。フィガロといういきものにしか与えられない傷をオズに与えてやったら良かったのに。
     自分の身体を基準にして気持ちいいことも気持ちよくないことも好きなことも嫌いなことも、あの純粋だった身体に教えこんだのは、全部全部フィガロであった。フィガロでしかなかった。逃げられるはずもない。それの借りを返されていると考えたらいい。偏った常識を教えた罰だ。オズのやる事なす事、全部に自分の面影を見いだしてしまうのも全部自分のせいだ。
     触れる指先のあたたかさも、何かに浮かされたような頬も瞳も、柔らかいようで冷ややかで、でもフィガロのことを心の底から拒絶しやしない温度色をしている。フィガロ自身が教えたのだから当然の帰結とも言える。だからこそ抜け出せない。さながらあたたかい檻だ。
    「煽るようなことをしてきたのはお前の方だろう、フィガロ。」
    「……ごもっとも。」
     確かにオズの言う通りだったがここまで上手く煽られてくれるなんて思いもしなかった。それはただの言い訳にしかならないもので、きっと今何を言ったって止まってくれるはずもなく。
     間近で榛色を見上げてきた深紅には、先ほどまでは全く浮かんですらいなかった情熱が存在する。この男に炎を与えるのは自分だ。薪をくべて燃え上がらせるのも自分だ。それは心地が良い。
     今のオズはもう最早フィガロの与えたもの以外のものが混じっている。でも今だけは、フィガロの知っているオズであって欲しい。自分をひとつのピースとして大切にしてくれるオズであって欲しい。その願いを隠しつつ、白旗を振って今夜初めてのキスをオズに贈った。




    「香水はあなたがキスしてほしいところにつけなさい。」 ――― ココ・シャネル



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    kashi_futon

    DONE2022.05.21開催オズフィガオンリー「悠久のヘリオスフィア」にて展示している作品①です。心中するオズフィガがどうしても欲しくて書きました。テーマがテーマなので気を付けてください。死ネタを扱っています。パスはお品書きにあります!
    『ゆめみるために、おやすみ』 こんなに緩やかな終わりが待っているだなんて、きっと誰もが想像出来やしなかった。ひとりぼっちで石になると、誰にも知られないままどこかへの行ってしまうようにしか死ぬことが出来ないのだと。そう思っていた。
     例えば、誰にも看取って貰えないのだとすれば。北の魔法使いの矜持を持ったまま、誰かの前に這いつくばって石になる運命があったかもしれない。だって南の魔法使いを名乗っていて、南の国からの賢者の魔法使いとして選ばれていたとしても。結局フィガロの本質には北の気質が含まれざるを得ない。
     だからきっと所詮自分のいのちはただ孤独に石になるだけの運命だと思っていた。愛し、愛されることを夢に見た、でもそれは夢のままだった。フィガロの人生は黒鉛筆を斜めに握った子供が書き殴った線のようにぐちゃぐちゃになってしまっている。何千年と生きてきていて真っ直ぐな人生の線を持っている者の方が逆におかしいとも言えるのだ。気を狂わせてしまうのに十分で、何かを探し求めて生きるのにはあまりにも永きに渡る年月で。その間ならばきっと望むものは全て手に入るのではないかと思っていた、でも事実はそうではない。
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