見ているだけ、だけど聡くんは、私の憧れだった。見た目の話ではなく、その意志の部分で。
……なんて、遠い昔の話。
「また来てね！」
不意に、彼によく似た声が耳に飛び込んできた。元を探せば、どうやら美容院の見送りらしい。
明るい髪に、彩られた指先。ああ、彼は変わっていないのだと、勝手に安心した。

お代は何で貰おうか今日は、朝から最悪だった。
いつも持っていた傘を無くし、そのタイミングで雨に降られた。そして、偶々アイツの店の近くにいた。
「タオルを貸してくれ。」
はいはい、といつもの調子で言い、奥へと引っ込んで行く。
「あ。貸し一つだね、八雲。」
「……だからお前に頼りたく無かったんだよ。」

それは、ご愁傷様。友達は、男虎先生のことが好きらしい。恋愛的な意味で。
どこがかっこいいのか熱弁を奮う彼女の話を聞き流していたが、どうも、彼女は一度失敗したようだ。
「この前、匂わせっぽく言ってみたんだけど、”いつもバレ美の話を聞いているから、恋愛相談なら任せてくれ！”って笑顔で返されたの。」

命の恩鳩"あの山には賊がいる"。そんな話を笑い飛ばしたのが、つい昨日。
俺は今、山賊に追われている。理由？知るか。
「捕ま……ん？佳音の鳩か。」
腕を掴まれたと思った瞬間、羽ばたきの音がして解放された。今だ。
一目散に山を下りて、街に駆け込む。
今後は鳩に優しくすると、固く心に誓った。

「おや、今日は秋くんに会えた。」
常連客の老人が、嬉しそうに顔を綻ばせて桜沢を見る。
……最近、”秋に会うと良いことがある”という噂が広まっているらしい。中には、お供え物としてプリンを持ってくる人もいた。
否定しようにも、名雪が嬉しそうに笑うから、つい口を閉ざしてしまうのだ。

街中で、ふと佐原を目撃した。仕事の時とは異なり、どこか柔らかい雰囲気が出ている。誰かと一緒にいるらしい。
近くを見れば、褐色の女の子がそこにいた。
その子に向ける彼の目があまりに優しく、愛おしいものを見つめるものだったから、思わずじっと見つめてしまう。
佐原はこちらの視線に気が付いて、驚いたように顔を向けてきた。
軽い苦笑いを浮かべた後、しーっと口に指を当ててこちらに示す。……なるほど。
軽く頷いてから、手を振り立ち去った。
明日、あの子についてこっそり聞いてみよう。