「お疲れ様です。本日はバレンタインですが、和菓子も負けてはいられません。こちらをどうぞ」
昨年の二月十四日、事務所では洋菓子が行き交っていた。315プロダクションには、洋菓子好きなアイドルが多数所属している。ある者は手作りしたものを、ある者は催事場で購入したものを持ち寄った。事務所の一画を占める、ファンから届いたチョコレートも加勢し、甘いにおいが満ちていた。また、プロデューサーも日頃の感謝を込めてと、アイドル一人ひとりにチョコレートを用意していた。
そんな中、九郎は布教活動と言わんばかりに饅頭やら落雁やらの和菓子を配っていた。基本的に、清澄九郎という人間は冗談を言わない。そんな彼の人柄を周囲も承知している。だが今回の振る舞いは、本気なのか冗談なのか決めかね、みな戦々恐々と和菓子を受け取っていた。今日はバレンタインではないのか。バレンタインとはチョコレートを渡す日ではないのか。そんな疑問を呑み込みながら。
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