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    なふたはし

    モバエム時空です。「/(スラッシュ)」は左右なしという意味です。

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    なふたはし

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    ※サイスタのイベストを読んでいない者が書きました。

    ##くろ/そら

    「お疲れ様です。本日はバレンタインですが、和菓子も負けてはいられません。こちらをどうぞ」
     昨年の二月十四日、事務所では洋菓子が行き交っていた。315プロダクションには、洋菓子好きなアイドルが多数所属している。ある者は手作りしたものを、ある者は催事場で購入したものを持ち寄った。事務所の一画を占める、ファンから届いたチョコレートも加勢し、甘いにおいが満ちていた。また、プロデューサーも日頃の感謝を込めてと、アイドル一人ひとりにチョコレートを用意していた。
     そんな中、九郎は布教活動と言わんばかりに饅頭やら落雁やらの和菓子を配っていた。基本的に、清澄九郎という人間は冗談を言わない。そんな彼の人柄を周囲も承知している。だが今回の振る舞いは、本気なのか冗談なのか決めかね、みな戦々恐々と和菓子を受け取っていた。今日はバレンタインではないのか。バレンタインとはチョコレートを渡す日ではないのか。そんな疑問を呑み込みながら。
    「ああ、北村さん。北村さんは落雁がお好きでしたよね」
     想楽も同様の疑問を抱いたが、それは彼にとってさほど重要なことではなかった。「恋は盲目」「あばたもえくぼ」という言葉が表すように、少量の本質的なこと以外はどうだっていいのだ。想い人からのプレゼント。それだけで十分。想楽は落雁をかばんに忍ばせ、賞味期限前日まで大切にとっておいた。

     想楽はバレンタインという行事を軽んじていた。人の思いとは積み重ねであるのに、菓子一つで形勢逆転を謀ろうとする考えは浅ましく、受け入れ難い。お菓子会社の打ち出した商業戦略に染まりきった俗衆を心の中でひっそり笑っていた。だが、今年は薄笑いを浮かべるわけにはいかない。なぜなら、先の恋が実り、彼に恋人が出来たからだ。バレンタイン悲喜劇の観客でいた彼も、ついに舞台へと引っ張り出されてしまった。しかしそれは彼も望んでいたことだし、世間の風潮と踊るのも悪くないかなと考え始めていた。振り向いてもらうためじゃなくて、恋人への感謝を伝えるためなら、別にいいよねー、と。
     さて、ここで問題がひとつ。想楽は、彼の恋人の思想がやや傾いたものではないかと案じていた。九郎は、紅茶やコーヒー、洋菓子を「良きライバル」として敵視しているきらいがある。果たして、のこのことチョコレートを渡してもいいものか。
    「ねーバレンタインのなんにした?」
    「うーん。まだ探してるとこ」
    「北村、何かおすすめない?」
    「えー……うんー」
     大学で同期と会話している間も、想楽は恋人とバレンタインとの関係について考えていた。おかげで、彼にしては、それとわかりやすい生返事をしてしまった。
    「北村?」
    「ああ、ごめん。バレンタインの話だっけー?」
    「そう。やっぱり、一回実物見た方が早いかな」
    「駅ビルでいろいろやってるよね。北村も来る?」
    「そうだねー、行ってみようかなー」
     もしかしたら、何かヒントが得られるかもしれない。そう想楽は考えた。
     バレンタイン間近の催事場は混みあっていた。誰もかれもがショーケースとにらみ合っている。同期と別れ、想楽も何とはなしに、売り場を物色し始めた。
     人柄を映し示すはチョコレート。相手の好きな物を選ぶ人、見えを張って背伸びしたがる人。贈り物を選ぶ時って、その人の性格が出るよねー。
    「そちら一番人気なんですよ」
     足を止めて、チョコレートを眺めていると、店員に声をかけられた。
    「へーそうなんですねー」
    「どのようなものをお探しですか?」
    「えーっと……」
     「バレンタイン排斥派かもしれない恋人に贈るチョコレートありますか?」と聞いたところで、苦笑いが返って来るのがオチである。せいぜい同僚との笑い話になるくらいか。
    「ちょっと、向こうも見てきますねー」
     想楽が退避してまもなく、買い物を終えた同期と合流した。
    「北村は何も買わなかったの?」
    「うん。もう少し考えてみるよー」
     想楽のみ目ぼしいものが見つけられないまま、解散となった。
     やはり、本人に直接問うてみるべきか。それでは貰う側の楽しみは半減してしまわないか。そう考えを巡らせていた時、目の前に打開案を示す駅広告が表れた。
    「あっ、これだ」
     二月六日は抹茶の日である。駅広告はそう語っていた。二(ふ)と六(ろ)を掛け合わせて、お湯を沸かす風炉。同様に、風呂の日でもあった。こういった語呂合わせから、想楽は抹茶入浴剤を贈ることにした。
     どちらも九郎先生の好きな物だし、日頃のお礼と言っても何ら問題はないはず。会うのも二月十日だから、変じゃないよねー。バレンタインの趣旨には合ってるしー。
     このような調子で、当日まで何度も心の中で言い訳を唱えた。本当は種々の想いを込めてチョコレートを渡したかったが、今回は二月六日の記念日にかこつけるのが最有力案だと、想楽は考えた。

    「なんと。ありがとうございます、北村さん」
    「ふふっ。記念日って知ったのは偶然だけどねー」
     当日の北村宅、想楽はつつがなく贈り物を渡した。
    「では、私からも……」
     そう言って九郎が取り出したのは、四角い紙箱。筆記体で「Happy Valentine」と印刷されている。
    「抹茶チョコレートです。バレンタインですから。よろしければ、お召し上がりください」
    「えっ、なんで?」
    「な、なんで⁉」
     想楽は驚き、その様子に九郎も目を点にした。
    「抹茶とチョコレートはよく合うから……?」
    「いや、抹茶とチョコレートの相性の良さは僕も知ってるけどー……。九郎先生はチョコレート、というかバレンタインを敵視してるんじゃないのー?」
    「えっ?」
    「去年、『和菓子を堪能する日』って……」
    「あ、ああ。いえ、それは少々思い違いかと。私はバレンタインを排斥するのではなく、バレンタインと並び立つような記念日を目指しております」
    「はあ」
    「人が誰かを想い、贈り物をするのは素晴らしい文化です。その選択肢の一つに、和菓子が入るような二月十四日にしたいと考えまして」
    「じゃあ、『世間の風潮』っていうのは?」
    「贈り物がチョコレート一択となっている状況です」
    「このチョコレートは……?」
    「私の対抗運動に、北村さんを巻き込んでしまうのは少しばかり心苦しかったので、譲歩して和の雰囲気に近いものを選びました。チョコレートの上生菓子の方がよかったでしょうか?」
     あまりにも淡々とした語り口調に、想楽は脱力した。なんとまあ、空回りの心配りであったことか。
    「……先に言ってよー」
    「ええと、どうなさいましたか?」
    「ううんー。こっちの話ー」
     九郎は抹茶入浴剤のパッケージを表裏眺め、顔を上げた。きっと眉を上げ、何やら覚悟を決めた様子だった。
    「あの、北村さん。今夜、一緒に、こちらを使ってみませんか」
    「え?」
     想楽はつい間の抜けた声を出した。
     それって、お誘いってことー?
    「僕の家のお風呂、狭いよー」
    「そ、そうですね」
    「でも、どうしてもって言うならー……」
    「はい。是非」
     頬を真っ赤に染め上げた九郎は想楽の手を取り、言った。想楽は、自らの遠回りに少しだけ感謝した。
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