140字前後SS(二真).
足音を耳が覚えてしまった。立ち合いで相手の足運びを計るのともまた違う、言ってしまえば、ただいまと開けた玄関に犬がもう待っていることと同じなのだから、心地よくも恥だった。そら、来たぞ、これは気が急いているときの気配だ。「聞いたか!」「なにをだ」背に飛びついてきた男に答えた。犬とちがって素知らぬ顔はできる。
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目に映るたびの喜びも、耳が拾うたびの浮き足も。舌に残る甘さに似た、そういう愉快なものはちっとも感じられない。ただ、しばしば喉のおくがぎゅっと軋んで、おまえはおよそ覚えることのない感覚だろうなとまた悄気げるのだ。ぼくだって覚えがなかった。しきりに名前を口にしたくなる、少しやわらぐ。いたみどめみたいにおまえを呼ぶこれが恋なのかは、ぼくも知らない。
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