桃のお届け便 湿気を帯びた風が生温く頬を撫でる。遠くの空は少し雲が分厚く見えて、夜から雨が降るというのは間違いないらしい。仕事は気になるが大雨の中帰るのは嫌なので、雨足が強くなる前に帰るかと考えながら、窓を閉めに席を立つ。
いつの間にか癖になっていた桃園の方を見下ろすと、忙しなく動く人影、チシャの姿が見えた。真面目に働いているなら結構、と目を離そうとすると、偶然にもチシャがこちらを見上げた。目は良い方だが、さすがにこの距離から表情までは分からない。何やら大きく手を振って訴えている様だ。しばらく見ていても、はっきりとは分からず、もちろん声も聞こえない。そもそも自分に向けての合図ではないかもしれないとそのまま窓を閉めて踵を返した。
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