泡沫◆
「八木さんっ!」
息が上がる。なんでこんなに足が速いんだ。
「やぎさんッ!」
声が裏返る。必死で走った。
そうしなければ、人の波間に八木が交ざって隠れてしまう。
志津摩だって足は速い方なのに。全然、追いつかない。
みるみる遠く離れていく背に手を伸ばす。
数えきれない人の顔がこちらに振り向く。それを掻き分け足を突き出す。
すみません、通ります、すみません。呟きながら押し退けてでも走り抜ける。
その姿をまた見つけて口を開く。
「待って、やぎさん!」
声が掠れる。喉を血の味が噎せ返る。
人の塊を抜ける度、自分が出せる限りの全速力を出して足がもつれそうだ。
あまり大きな声をだすことなんてないのに。
それでもますます八木は見えなくなる。
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