春に酔う 窓を開けると、春の匂いがした。
まだ寒くて布団からなかなか抜け出せない季節である。朝には水溜りに氷が張ることだってあるというのに、暦の上ではすでに冬ではないらしい。人間というのはせっかちなものだナ、と違う種族である鬼太郎は思う。
昨夜の籠った空気はすでに遠ざかっていたが、体に残された気怠さと充足感が現実のことだったのだと教えてくれる。
体のそこかしこに熾火が残されているようだった。表面上は灰を被ってすっかり冷めているように見えているが、いざ触れたら火傷しそうなほどの熱が隠れている。
思わず吐き出した息にすら艶が篭っている気がして、鬼太郎はそっと唇を噛む。
こんな風にした張本人に文句の一つも言ってやろうと寝室の中を見渡しても、そこには誰もいない。首を傾げたところで、手すりの側に置いてある灰皿の中。潰れている煙草の箱が捨てられていることに気がついた。
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