愛しい後ろ姿を見送って、幾許も経った。陽の光ひと筋も奪われた洞穴を、片淵慶太はひた走る。己が亡骸の所在など知った事か。空(くう)を踏みつける不確かな感触にも慣れた彼の足は、確かに出口へと急ぐ。手斧を拾い上げ、ただ一人の憎きを仕留めんと走る。
抜け道を過ぎった。おどろおどろしい夜闇が、引き戸の向こう側に見えた。その手前、頼りない微かな月光に浮かぶシルエットが、今まさにその引き戸に手を掛けようとしている。左の袖から絶えずどす黒い何かをこぼす影めがけ、慶太は弾かれたように仏壇から飛び出す。長い廊下の先、戸が一人分開いた所へとびかかった。
「待てぇッ!」
振り返った顔、長い前髪の奥で目を瞠ったその表情が慶太の眼前を占める。次の瞬間には、玄関先に二人して派手に転げていた。側頭を叩きつけられる慶太に反し、突き飛ばされた男──森垣清次は確と受け身を取っていた。即刻体勢を立て直して立ち上がる。
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