アルミ
PAST犬王SS 幕間まだ、犬も喰わない「髪、伸ばしてんのか」
犬王は、結い紐で括られた仔犬のしっぽのような友一の髪を、異形の腕を伸ばして触れる。ぺしぺしと軽く叩くようにしてそのしっぽを揺らして遊んでいる犬王をそのままに、友一はあぁと返事をする。
「そうだ。琵琶法師だが、髪を伸ばす」
「へー。いいじゃん」
犬王は話し上手で、聞き上手だった。うんうんと肯定し、友一の話を聞く体勢をとる。
犬王と友一は日々お互いの芸の研鑽する間に、こうやって秘密の場所に集っては他愛のない話をしていた。今日は一日の終わりがそろそろ見える夕暮れ時に、その場へ二人揃い、そこで友一は髪を伸ばす理由を語りはじめる。
「俺の見目には個性が無いからな。天下に名を轟かそうって役者の歌を謳うのが、こんなただの盲の琵琶法師じゃあ味気ないだろう」
1057犬王は、結い紐で括られた仔犬のしっぽのような友一の髪を、異形の腕を伸ばして触れる。ぺしぺしと軽く叩くようにしてそのしっぽを揺らして遊んでいる犬王をそのままに、友一はあぁと返事をする。
「そうだ。琵琶法師だが、髪を伸ばす」
「へー。いいじゃん」
犬王は話し上手で、聞き上手だった。うんうんと肯定し、友一の話を聞く体勢をとる。
犬王と友一は日々お互いの芸の研鑽する間に、こうやって秘密の場所に集っては他愛のない話をしていた。今日は一日の終わりがそろそろ見える夕暮れ時に、その場へ二人揃い、そこで友一は髪を伸ばす理由を語りはじめる。
「俺の見目には個性が無いからな。天下に名を轟かそうって役者の歌を謳うのが、こんなただの盲の琵琶法師じゃあ味気ないだろう」
アルミ
PAST犬王SS春の夜夢 名を変えられたら、探し難い。
名が無ければそもそもその人を見つけることもできない。
名は目印で、人が持つ最後の持ち物で、命が尽きたとしてもその名を呼ばれることは、愛を謳われることに等しい。
俺たちはここに、在る。
忘れられた者たちの噺を、琵琶法師たちの無念を、聞いて、聴いて、俺は語り続けなければいけない。これは俺たちと、お前たちの物語だ。
将軍の前での一世一代の舞は大成功を収め、行方知れずとなった父に代わり、比叡座の棟梁となった犬王は、足利将軍お抱えの猿楽師となった。
だがそれと同時に、彼らが拾った平家と彼ら自身の物語を歌い語ることは禁じられた。芽吹き、咲き誇った花は摘み取られてしまった。
それでも犬王は、勤めて美しい舞を天上人たちに披露し、その優美さは目にした者誰しもがため息を吐くほど洗練されたものだった。
1972名が無ければそもそもその人を見つけることもできない。
名は目印で、人が持つ最後の持ち物で、命が尽きたとしてもその名を呼ばれることは、愛を謳われることに等しい。
俺たちはここに、在る。
忘れられた者たちの噺を、琵琶法師たちの無念を、聞いて、聴いて、俺は語り続けなければいけない。これは俺たちと、お前たちの物語だ。
将軍の前での一世一代の舞は大成功を収め、行方知れずとなった父に代わり、比叡座の棟梁となった犬王は、足利将軍お抱えの猿楽師となった。
だがそれと同時に、彼らが拾った平家と彼ら自身の物語を歌い語ることは禁じられた。芽吹き、咲き誇った花は摘み取られてしまった。
それでも犬王は、勤めて美しい舞を天上人たちに披露し、その優美さは目にした者誰しもがため息を吐くほど洗練されたものだった。