michiru_wr110
PASTmhyk 初出2022.5.暴君に襲われたらしい晶♀を助けるネロと、それに至るまでの経緯
俺は汚れちまったから(ネロ晶♀) 渾身の力を込めて右の拳を頬にめり込ませると、薄汚い男はあっけないほどの軽さで風を切り吹っ飛んでいった。
「ね、ネロ?」
戸惑いと共に零れた名前を他人事のように聞き流しながら、水でも払うように血に濡れた手を開いてぱっぱと振る。
中央市場特有のざわめきは不自然なほど聞こえなくなっていて、晶の半径数メートルで何かが目まぐるしく状況が変わっていることだけを認識していた。
左手で抱え込んだ晶の視界を覆い隠したまま、ネロは声に軽く笑む気配を乗せている。
「怖かったろ。悪いな」
「いえ……ええと、今なにが起きたのでしょうか?」
* * *
数刻前。
尖った視線が背中を刺し貫いたことに気がつくと、ネロは晶に悟られぬよう、エプロンのポケットに筋張った手を突っ込んだ。相手の気配は少し遠く、人間か魔法使いかの区別はつかない。こちらに投げかけられたのが悪意に満ちたそれであることだけが手に取るようにわかる。
1792「ね、ネロ?」
戸惑いと共に零れた名前を他人事のように聞き流しながら、水でも払うように血に濡れた手を開いてぱっぱと振る。
中央市場特有のざわめきは不自然なほど聞こえなくなっていて、晶の半径数メートルで何かが目まぐるしく状況が変わっていることだけを認識していた。
左手で抱え込んだ晶の視界を覆い隠したまま、ネロは声に軽く笑む気配を乗せている。
「怖かったろ。悪いな」
「いえ……ええと、今なにが起きたのでしょうか?」
* * *
数刻前。
尖った視線が背中を刺し貫いたことに気がつくと、ネロは晶に悟られぬよう、エプロンのポケットに筋張った手を突っ込んだ。相手の気配は少し遠く、人間か魔法使いかの区別はつかない。こちらに投げかけられたのが悪意に満ちたそれであることだけが手に取るようにわかる。
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PASTmhyk 初出2022.6.ジュンブラ祈願で書いたネロ晶♀
恋人同士、ベッドの中で迎えたある朝のお話
取り消しの利かぬ愛(ネロ晶♀) むず痒い体温の気配に誘われ、重たい瞼を僅かに開ける。どうやら彼女は今朝も、飽くことなくしきりに俺の髪に触れているらしい。目先で鈍色が混じる水色の前髪は細い指先になぞられていて、同じ朝を迎える度にカーテンを開ける時もこんな風に優しい仕草だったなと思う。
ネロは薄目を開けながら、柔らかなシーツと静寂に身を任せる。前髪に指を通す彼女のあどけない表情を盗み見ては、身に余る幸せを噛みしめつつ。
本来ならばいつまでも、こうして彼女を慈しんでいたいものだが。
「……はよ」
「おわっ」
頃合いを見ながら声をかける。晶は驚きに目を丸めながら、彼の前髪から指を離した。もう少し眺めていたい気もしていたけれど、今日も今日とて魔法舎に住む面々のために朝食を拵えなければならない。それに、彼女が寝ぼけ眼を見開きながら驚く様を逃さず見届けることは、ネロにとってのささやかな恋人特権のひとつとも言えた。
1277ネロは薄目を開けながら、柔らかなシーツと静寂に身を任せる。前髪に指を通す彼女のあどけない表情を盗み見ては、身に余る幸せを噛みしめつつ。
本来ならばいつまでも、こうして彼女を慈しんでいたいものだが。
「……はよ」
「おわっ」
頃合いを見ながら声をかける。晶は驚きに目を丸めながら、彼の前髪から指を離した。もう少し眺めていたい気もしていたけれど、今日も今日とて魔法舎に住む面々のために朝食を拵えなければならない。それに、彼女が寝ぼけ眼を見開きながら驚く様を逃さず見届けることは、ネロにとってのささやかな恋人特権のひとつとも言えた。