「まるで、魔法だ」
呆れ半分、賛嘆半分の常闇の呟きに、隣の師は「なにがだい?」と視線を合わせてきた。
ホークスと常闇を神輿のごとく担ぎ上げるファンの第二波からようよう解放されて、二人は空港内をぶらついていた。今度はきっちり説得してのお別れなので、第三波の心配はない。最初からそうすれば良かっただろうに、とは常闇も思うのだが、用意周到なはずの彼の師が、優先度を落とした事象に対して顎の外れる雑さを披露するのは、今に始まったことではないのだ。あるいは、エンデヴァーたちの搭乗に間に合わせることを優先したのかもしれないし……第一波のとき、黒影による目眩ましを指示してきた楽しげな目配せを思い出すに、どうもこのお祭り騒ぎを面白がっていたのではないか、という疑惑も捨てきれない。
「先の、エンデヴァー事務所の一件だ。四人とも……いや、緑谷は我など張っていなかったから三人か……満足していたようだが、そんなことがありえるか? 彼らの希望は、並立しないものと見えたが」
「あぁ、面白い仕掛けはないけどね。ただのパズル。『誰かの隣がいい人』と『誰かの隣は嫌な人』、どっちのが揉めると思う?」
「後者、だろうか」
あ、と目を見開いた常闇に、ホークスは軽く頷いた。
「そ。この方針だと爆豪くんとこの並びは一択なの。実はその時点でエンデヴァーさんの希望は叶わない。文句が出たら『あなたは背中で語る人でしょ?』で説得しようと思ってたけど」
「……通用するのか? それは」
「『普段なら』無理だろうねー。適当なことを抜かすな! って火柱が上がるとこだ」
ホークスは喉の奥から笑いを漏らす。呆れ顔に反して、ナンバー1の童心は、彼にとっては心和むものだったらしい。
常闇としては正直、リアクションに困る、に尽きる一幕だったが、師が嬉しそうだという一点において、彼は悪くない出来事だったと結論づけた。
「そんでショートくんをエンデヴァーさんの真後ろにしちゃえば、お父さんと顔合わせるのが微妙なお年頃でも気楽でしょ。あとは空いた席に緑谷くん。いや、彼の人柄が丸くて助かった」
「なるほど」
はぁ、と常闇はため息をついた。解説されてみれば、何一つ飛躍のない手続き的な思考である。だが、師がそれに要した時間は、文字通りコンマ一秒なのだ。
「……俺は、それを説明されてようやく理解できる。足らないものばかりだと、思い知らされる」
「向上心は買うけど、こんなのは手品の類だ。真面目に羨ましがるようなもんじゃあない」
納得が行かず、常闇は眉間に力をこめる。それに、本当だよ、と師は続けた。気のせいだろうか。その目元を、柔らかな色が掠めた。
「本当に気づかないといけないことなら、君はきっと最速で気づけるようになる。それは、俺が保証する」
常闇は思わず足を止める。それから、師との間に空いてしまった数歩を早足で慌てて埋めた。
気まぐれなのか計算なのか分からないタイミングで飴を寄越す師は、指に挟んだチケットをひらひらと弄んでみせる。
「ま、あんだけ盛り上がれるのはちょっと羨ましい。俺たちに席決めイベントはないんだよねー。君、俺の隣一択だけど?」
「有り難い限りだ」
常闇の首肯に口の端を上げ、ホークスは「面白そうだから見てこうよ」と、空港限定店のエリアを指し示した。