「ラーハルトの野郎、未だにおれのこと魔法使いって呼ぶんだぜ。いい加減名前で呼びやがれってんだ。あの大魔王バーンですらおれの名前覚えたっていうのによぉ」
ムスッとして拗ねたように唇を尖らせながらそう愚痴る愛弟子にマトリフは肩を竦めた。
「別におめえの名前を覚えてねえわけじゃねえし、呼んでくれる時もあんだろ?」
「そりゃまあ……戦闘中とか真面目な話をしてる時なんかは名前で呼んでくれるけど。やたら真剣な声で」
「だったらいいじゃねえか」
今までも何回か繰り返したことのあるやりとり。今回も同様にポップは眉を顰めて唸り出した。マトリフの言葉に頷きたい気持ちと納得のいかない気持ちとがせめぎ合っているのだろう。
「そういうマトリフ師匠はどうなんだよ? ガンガディアのおっさんが師匠のこと名前で呼んでるとこ、おれ見たことないんだけど」
「……」
不意に話題の主軸を自分に宛てがわれてマトリフは嫌な顔をした。自分自身のことには疎いくせに、という言葉を飲み込んで黙り込む。
「あ。……はは〜ん」
案の定、ポップは数回瞬きをしてからにんまりと笑みを浮かべた。
「……なんだその顔は」
「いや〜〜、おれにはあんな大人の余裕ひけらかしてきたくせに、実は師匠もおれと同じことで悩んでたりしちゃってんのかなぁ〜と思ったらさぁ」
マトリフは盛大に舌打ちをした。何を隠そう図星だったからである。
マトリフとガンガディアの付き合いはかなり長いが、初めて出会った頃からガンガディアはマトリフのことを『大魔道士』と呼んでいる。確かにマトリフは大魔道士だが、今となっては愛弟子であるポップもまた『大魔道士』なのだ。初代と二代目という違いはあれど。それを思うと親しい相手から『魔法使い』呼びを続けられているポップの気持ちは、実のところ痛いほどよく分かるマトリフなのだった。
「なあなあ、ガンガディアのおっさんはどんな時に師匠のこと名前で呼んでくれんの? まさか本当に一度も名前で呼んでくれたことが無いなんてこたぁねえんだろ?」
マトリフとガンガディアが恋人同士であることを知っているポップは好奇心に満ちた眼差しで聞いてきた。
好奇心は猫をも殺す。ここに半魔の青年が同席していたならばそう言って素早く立ち去っていたことだろう。
マトリフは目を伏せてそっぽを向いた。黙秘を貫くつもりでそうしたのだが、ポップの問いかけを切っ掛けにして脳はいらんことをマトリフに思い出させてしまった。
『――マトリフ。あなたのことが好きだ』
まるで瞬間湯沸かし。ポップは思った。
ブワッ、と音まで聞こえてきそうなほどに一瞬でマトリフの顔が真っ赤に染まったのだ。
その横顔を見たポップはなんとなく察して「あ〜〜」と自分の後頭部に片手を当てて間延びした声を漏らした。
不意に洞窟の外でドンッという音がした。ルーラの着地音だ。その音に反応したのはポップよりもマトリフの方が速かった。
そのあまりにも顕著な反応にポップは、えぇ、まさか、このタイミングで? とさすがに頬を引き攣らせてしまう。
かくして洞窟内に入ってきた青いデストロールは、顔を真っ赤に染めてわなわな震えている恋人と、なにやら申し訳ないような表情で片手を上げて挨拶をしてきたその弟子とを交互に見遣ってから「何かあったのかね?」と首を傾げながら問いかけたのだった。
二人が答えられるはずがなかったことは言うまでもない。