毎年連絡を取る日今日ばかりは浮ついてしまうなあと出勤前から、むしろ前日の夜から思っていた。実際それは表にもわかりやすく出ていたようで、職場では不思議がられたり、知っている同僚からは笑われたりした。性格もあってか、いい歳してそんなにソワソワするのも「らしいなあ」の一言で片付けられたのはよかったのかもしれない。
こんなに気持ちが弾んでいるのは決して自分がどうこうという訳ではないのだと、あまり大っぴらに言えないからだ。
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スマホが鳴ったのはきっかり約束の21時きっかり。時間に几帳面なのは相変わらずだなあと思う。
変わらない側面に落ち着く気持ちになるのは、暫く会えていないことも影響してるのだろうか。
「もしもし。…兄ちゃん。」
「よう、弟。」
電話越しの声が元気そうで安心する。これだけで目的の殆どを達成したようなものだった。
「おめでとう、兄ちゃん。」
「お前も、おめでとう。」
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そういえば同僚から祝いの言葉とプレゼントを貰ったことを伝える。堅志郎もかつて当直を組んだことのある相手だ。試しに名前を出してみるとあー、と乾いた相槌が返ってきて、やはり覚えていそうな空気だった。何より兄の記憶力が良いことを幸志郎は知っている。昔からそうだ。自分達に接触してくる大人が誰も彼も同じように見えていた自分に対して、兄はそのひとりひとりを区別できているようだった。
「兄貴の方も元気なのって聞かれたよ。」
「何て答えた?」
「元気だよって言ったら笑ってたよ。」
事実を伝える。ふうん、と返事が来るまで一拍あったなあ、と思う。思うだけで、口には出さない。
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またねと言う弟に一言返してから、通話を切る。
手元の画面に視線を移す。5分にも満たないやり取りにつくづく支えられているなと、脆く弱くなった自分に苦笑する。今ではもう過去と向き合えている。大丈夫だ、と思っている。ただ、まるで何でもないことのように弟と他者との間で自分の話題が交わされていることに少し動揺した。上手く取り繕えただろうか。
気まずさを感じるのは自分だけなのかと錯覚しそうになり、度々自分を戒める気持ちになる。背負うべきものは背負っていかなければ。
背後に気配を感じて振り返る。
自分に祝いの言葉を投げるのは、弟と、もうひとりだけだ。
「終わった?」
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「しかし…またなって言えるようになったのも進歩だよなあ。」
「俺だって頑張ってんだよ。」
「わかってるって。」