てすと 思い返してみればこんな無防備に女から体のあちこちを触られる事は初めてだった。
みすぼらしい身なりでの逃亡の日々を重ねていくにつれ女の肌の柔らかさに気がつき少しはガードも薄くなる…。
この女の個性は銃だ。
常に彼女の体からは硝煙…火薬の燻した臭いが漂っている。
これが普通の女の臭いとかけ離れている事は理解できているつもりだがそこに仄かに混ざる女性本来の甘い体臭が治崎の鼻をくすぐる。
己のそのツートンの髪を練り合わせ弾丸を生成するという特殊な作業……それを潤滑に行う為に専用のグリスを使用しているらしい。彼女の指先にはその臭いが染み付いていた。
通常の銃火器に使用するグリスとは異なるのだろうか。機械的な油の臭いではない。
もっと有機的な、それでいて不愉快ではない、五感を刺激する臭いだった。
「ワセリンに混ぜてるのさ。一応これならヘアスタイリングにも使えるし。臭くないだろ?」
彼女はそう言った。
こんな限界状況下でも多少は身なりに気を使いたいらしい。そういう所に女という生き物への安堵を若干覚えた。
本来なら俺だってそうだ。極度の潔癖の気があるこの身、現在のこの状況は俺にとっては地獄以外の何ものでもない。常に神経過敏になっていると大声で叫びたくなるばかりなので無理にでも五感を鈍くさせようと努めていた。両腕は肘から失われたままなので蕁麻疹が出ても自分で掻きむしる事すら出来やしない………いや蕁麻疹どころか、簡単な日常動作すら、この女の世話にならないと何も出来やしない。
この上なく惨めで哀れなものだ。