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    若トマの自分の解釈つめつめするための長編予定の作品。
    過去捏造もりもりのてんこもり。なんでも許せる方向け。
    ツイートしてたのがわかりにくくなってきたので、ゆるゆるとまとめる。
    R18部分は恐らくカットします。全年齢パートのみ掲載予定。

    #若トマ
    youngThomas
    #原神BL
    genshinBL

    【若トマ】タイトル未定の長編予定① 久しぶりに指を掛けた天袋は、踏み台も背伸びすらも必要なくなっていた。
     あの頃、腕に抱えて懸命に持ち上げたはずのソレを手に取るのだって、いまでは片方だけで事足りる。
     天袋から取り出したソレ――1本の酒瓶を見下ろし、トーマはなにともつかぬ息をひとつ臓腑から押し出した。
     光を通さぬよう色付けられた瓶の中。ちゃぷんと波打つその酒は、なみなみと瓶を満たしたままであるというのに、どうにも妙な心地を覚える。
     こんなに頼りないものだったろうか。
     もっとずっと、重くて。苦しくて。でも手放すことはしたくなくて。そうして、屋敷の一角に与えられたこの部屋の高い所へ。日の、届かぬ場所へ。懸命に置いやったはずではなかったか。
     いまはもう、すっかりと色褪せた記憶を手繰る。
     それだけの時間が過ぎたのだ。そんなわかりきった結論は、されど耽る想いを留めるまでにはついぞ至らなかった。


    ***


     あれは、トーマを海へと投げ出した嵐によく似た豪雨が、ようやっと過ぎ去った頃のことだ。

     長く続いた激しい雨と風に、荒れた道。剥がれた屋根にのぼる人が修繕に声をあげ、閉ざされていた戸がひとつひとつと開かれてゆく。久方ぶりに顔を見せた天道。燦燦と降り注ぐ陽の光。けれど、家の中から顔を出した人々の表情は、そんな晴れやかさとはほど遠い。
     それもそのはず。嵐が去れば、待っているのはまず、荒れ果てた外界の後片付けだ。滞っていた仕事は山となって襲い掛かり、せっかくの晴天を曇らせてゆく。ただ光を甘受するだけではいられまい。
     そうして清々しさと裏腹に重々しく膜開けた世界の中で、離島と呼ばれる一角に押し込められた人々は、いっとう暗い顔をしてまだ少し嵐の名残を漂わせる海を見つめていた。
    「先の嵐で、少なくはない命が海へ投げ出されたらしい」
     その理由を教えてくれたのは、海と黒々した人だかりから少しばかり離れたところで、トーマと肩を並べた彼だった。
     否、正しく言うのであれば、彼はきっと父から伝えられたのであろう言葉をその胸の内でかみ砕いて、トーマへ教え伝えているのだ。
     それが、トーマが身を置く社奉行当主の意向であるのか。はたまた、単なる彼の気まぐれなのか、推し量れるほどの関係は、ふたりの間にない。
     どちらにしたって、鳴神大社のお膝元。稲妻の祭事と伝統を担う社奉行神里家の人間の口から出るには、いささか不釣り合いな言葉だなと浮かんだ思考がトーマの口を開くことはしなかった。
     ただ静かに語るその声に耳を傾けながら、トーマはここ数日の間稲妻を襲った暗雲の日々を思う。


     随分と酷い嵐だった。
     その証拠とでもいわんばかりに、屋敷から離島までの、大人の足ですら短くもない道中でも、その爪痕はありありと見て取ることができた。
     常よりも細い砂地を縫い、島を渡る。波打ち際に打ち捨てられた木片が、いったい何のなれの果てかなどとわからぬほど子供でもなかった。
     剥がれた屋根。落ちた瓦。畑であったものは地面を抉られ、作物はなぎ倒されたまま。たわわな実りなど、もはや一片すら残ってもいない。
     仕方の無いことだ。
     あれは、それほどの嵐であった。
     柱の太い神里家の屋敷ですら軋みをあげていた日々を思い出し、トーマは背に薄ら寒さを覚える。
     壁に打ち付ける雨音に、轟く雷鳴。恐ろしくて眠れないのだと大きな瞳に涙を湛えた綾華に、綾人とトーマがその小さな両の手をそれぞれ繋ぎ眠りについた夜を、いったい何度過ごしたことだろう。
     綾華が怯えている手前、なんてことのないフリを貫き通してはいたが、その実。トーマもあの嵐が恐ろしくて仕方がなかった。
     どうしたって、思い出してしまうのだ。
     荒れた海に投げ出された瞬間を。息すらままならなかった恐怖を。意識した、命の終わりを。
     はやく止んでくれと、いくら願ったことか。
     思い出すだけで、イヤな気配が肌を粟立たせる。
     暗い部屋の中。雨音と、微かなしゃくりを残した綾華の寝息。閃光が時折闇を割くのに、わずかばかりに強張らせた四肢に、幼けない少女を挟んだ向かいで眠る彼は、気づいていたのだろうか。整った顔。長く美しく生え揃った睫毛は震えることなく。細やかに胸をさせるだけの静かな寝息は、当然ながらその真実を教えてくれはしなかった。


     心の内から染み出してしまったような黒い衣に、重々しく袖を通した大人たちを見下ろし、そっと瞬く。
     湿り気を帯びた風は、果たしてどこから吹いてくるのか。毛先を躍らせるそれをトーマは視線だけで追いかけた。そうして、感情の宿らぬ眼でその黒を見つめた傍らに立つ影に、どうしてか脳が警鐘を鳴らしはじめる。
     トーマよりも少しだけ高い背に、白い肌を必要最低限だけ晒したその子供は、そんなトーマの様子を慮ることもせず。その形の良いくちびるを開いてなおも静かな語りを続けた。

     大海を隔てた隣国へ買い付けに出た商人が、帰路の途中あの嵐に呑まれた。
     だから、あれは、弔いなのだ、と。
     稲妻の葬儀では皆一様に黒い衣に身を纏い、故人を悼むのだ、と。
     抑揚のない声が、そう言い置き一度結ばれる。相変わらず音を殺した吐息がトーマの鼓膜を震わせることはない。
     代わりに、重い足を引き擦るような足音が波音に乗って耳朶を叩く。その音に誘われるままトーマが通りへ視線を向ければ、そこに在るのはあの嵐が残した悲痛な爪痕そのものであった。
     項垂れ、歩く人。濡れた頬は、青空のもと。いくつもの雫で歩む道を濡らして。すすり泣く声が、潮風に運ばれてくる。
    「――けれど、その実。葬儀と言うものは、死者の魂を見送るというより、生者がただひとつの区切りを告げるために執り行うものなのだろうね」 
     それを、彼だって見ているだろうに。聞こえて、いるだろうに。抑揚のない声から紡ぎだされる言葉に合わせ、向けられた視線が揺れた若草色の双眸へ向けられる。
     途端にトーマは、綾人がトーマにそれを語り聞かせる意図を理解した。理解せずには、いられなかった。
     遊び相手として屋敷に置かれているとはいえ、一介の使用人のひとりにすぎない自分が、どうしてこの場まで連れ出されたのか。彼は、何故、己にこの惨状を見せようとしたのか。

    ――喧嘩を、売られいるのだ。

     自分は。この人に。コイツに。
     そう多くもない休暇のたびに、離島へ繰り出しては、父の姿を知るものはいないかとビラを配って回る。そんな自分を、まるであざ笑われている気がした。
     否。まるで、ではない。彼は正しく、呆れているのだ。ただのひとつも見つからぬ痕跡を求めて駆け回るトーマに。
     それをしりながら、わかっていながら。理解していながら。
     現実を知ら占めてやろう、と。いい加減夢を見るのは止めてしまえ、と。そう言いたいのだ。
     影すら見えぬ父を追いかけるのはもう終いにしてしまいなさい。受け入れなさい。そう、伝えているのだ。
     まわりくどいことこの上もない。実に稲妻人らしいやり口だ。
     カッと頭に血が昇るのがわかる。一息に赤くなる視界の中で、綾人はやっぱり感情の読めぬ眼でトーマを見ていた。
     ああ、腹立たしい。憎らしい。
     なにがわかる。なにを、知っている。
     なにも知らないくせに。わからないくせに。孤独も、恐怖も。嵐に呑まれる恐ろしさも、感じたことのない恵まれた子供が。
    「勝手なこと言うなっっ!」
     沸き上がる激情を飲み下すことなく、あろうことか己を呼んでその距離を縮めようとした腕を払う。微かに見開かれたその双眸に、軋む心を自覚しながら、されど一度開いた口は簡単に塞がってはくれなかった。
    「父さんは死んでない! 稲妻のどこかにいるんだっ!!」
     だから、悼む必要などないのだ、と。
     付ける区切りなど、どこにもありはしないのだ、と。
     訴えを混ぜた慟哭が晴天を割く。息を呑んだのは、果たしてどちらであったか。確かめるのも怖くて、抱えていた不安と恐怖をすべて振り払うように、トーマはひとりその場から逃げ出した。


     嵐の名残など一切拭われた海岸を走って、走って。息を切らして。その果てに、砂地に足を取られて盛大に倒れ込む。涙で濡れた頬に貼りつく砂粒が酷く不快感を煽った。袖口で乱暴に拭うとじゃりじゃりとした感触がまた苛立ちを助長する。粒の荒い砂に傷つけられた頬がひりひりと痛みの尾を引いて、みっともなくぼろぼろと涙が溢れた。
     人の気配がないのをいいことに、いまのいままで飲み込んできたすべてを――目を逸らし続けていた現実を、吐き出してしまうように声をあげて泣き喚く。

     父さん。父さん。父さん。
     どこに居るんだ。どこに行っちゃったんだよ。
     追いかけてきたのに。大好きな酒を届けにきたのに。
     どうして、どこにも見つからないの。見つけてくれないの。迎えにきてくれないの。
     ここに居るのに。
     ここで、いまも探し続けているのに。
     嵐に呑まれても。荒れた海に流されても。たったひとり。海岸に打ち上げられたって。諦めなかった。諦められなかったのに。
     父は、みつからない。
     父を知る人にすら、出会えやしない。
     影も掴めない。

     恥や外聞を、気にする頭は、きっと逃げ走るうちにどこかへ落としてしまった。
     じゃなければ、今日まできちんと堪えられていたすべてが、こうも容易く胸から零れやしない。
     嗚咽が喉を引き攣らせる。しゃくりをあげて零した涙は、やがて枯れ果て。気づけば重い目蓋を持ち上げた先に、茜色を縁に刷いた空が広がっていた。
     帰らなくては。
     当たり前のように浮かんだ言葉につられて慌てて立ち上がり、ふと考える。
     
    ――オレは、どこへ帰ればいいのだろう。

     故郷は海の先。
     胸に抱いて出たはずの蒲公英酒は、嵐に投げ出されたときに失われ。父に会うことも叶わない。
     遠い異国の地でひとり彷徨っていたトーマを拾い、傍に置いてくれる人には、随分と酷い態度をとってしまった。
     もう神里家に、自分の居場所はないのかもしれない――否、もとよりあの家に、トーマの居場所などあっただろうか。
     暖かい家だった。厳しくも優しい父母に、仲睦まじい兄妹。忙しい仕事の合間を縫って生まれた家族の団欒は、それこそ絵画に描かれた光景のようで。
     灯りの透けた障子越しにそんな四人の姿を垣間見ては、郷愁がトーマの頑是ない胸に巣食う。
     母が恋しい。父に会いたい。モンド城の片隅。小さな石造りの家で、三人。丸テーブルを囲って他愛もない話をしたい。
     でも、その願いを叶えたいからこそ、トーマは母の居るモンドへ戻るわけにはいかないのだ。
     だから、見なかったフリをして眩く暖かな家族の団欒に背を向けた。屋敷に与えられた立派な部屋に転がり込み、一組だけ敷かれた掛け布団を頭まで被って夜を過ごしたことなど、それこそ綾華と手を繋いで眠るあの日々以上に数え切れやしない。
     
     ああ、そうだ。
     母の待つ柔らかな風吹く故郷と、心の底から自室とは言えぬ屋敷の一室。
     そのどちらに帰ることを拒んだのは自分なのだ。
     前へ進めようとした足が止まる。砂地に沈んだ己の足を見下ろして、トーマはくちびるを噛み締めた。
     なんだ。全部、自業自得じゃないか。
     握った手のひらに爪を立てる。心を護るために鈍くなった感覚は痛みを伝えることなく。やがて濃紺に呑まれてゆく空を無感動に見送ることすらしなかった。


    「トーマ」
     ややあって己を呼ぶ声にトーマがハッとして持ち上げた双眸へ、薄氷に似た髪色が浮かぶ。
     すっかり夜に身を落とした外界の中に在ってなお、月のように美しいその人は、けれどいつもよりいささか乱れた装いで、当然の顔をしてそこに居た。
     どうして、ここに居るんですか。
     なんで、探しにきたんですか。
     貴方から喧嘩を売ってきたくせに。現実を見ろと突き付けたくせに。どうして追いかけてくるんです。
     綺麗に着付けた服を乱して。砂にまみれて。汗までかいて。
     そうまでする価値がオレにはありもしないのに。
     ただの子供の癇癪に近しいのに――放っておいてほしかったのに。どうして。なんで。
     問いたい言葉も。言いたい台詞も。ぶつけたい感情も。
     山ほどあるはずなのに、そのどれもが喉につっかえて音になりやしない。代わりとでも言いたげに枯れ果てたはずの涙が視界をにじませた。
     きっと酷くみっともない顔を晒しているだろうに。彼は――綾人はなにも言わずに一歩、また一歩とトーマの方へその歩みを寄せて、こぶしを握って震える手に手を重ねた。
     帰りましょう、と。ただそれだけ口にして腕を引かれ、否応なしに一歩、前へ進む。一度進んでしまえば、不思議と導かれるままに二歩、三歩と足が運んで。ザクザクと砂浜を踏み締める感触を足の裏に感じる。そうして、遅くなってしまったから、お母様に叱られてしまうね、と。どこか楽しげに言う綾人の声が、ざざんざざんと波打つ音と共に鼓膜を震わせることが、なんだかいっとうトーマをたまらない気持ちにさせた。


     屋敷に帰るや否や門前で腰に手を当て待ち構えていた神里家当主夫人に、風呂場へ二人揃って放り込まれたあと。綾人の予想通り、月が空の天辺へ至るまで、それはそれはこってりと叱られた。お母様にあれほど叱られたのははじめてだ、と。並べた布団の中でどこか楽しげな様子の綾人の気持ちは、トーマにだって正直少しだけわかる気がする。
     𠮟られるのは、それだけその人が自分を気にかけてくれている証拠だ。
     言いがかりめいてぶつけられる怒りとは、まったくの別物。
     血の繋がった息子を叱るのならまだしも、赤の他人であるトーマですら一緒くたにして叱ってくれた夫人は、髪色も居姿も母に重なるところなどなにひとつないというのに。母親である。ただ、その一点の共通項が、遠い故郷で暮らす母を思い出させた。
     こそばゆいような。胸を締め付けられるような。けれど、なんだかとても暖かいような。そんな心地は、湯船で温められた身体がすっかり冷めてもなお胸に残っている。
    「ねぇ、トーマ」
     夜の海岸で聞こえた静かな声が、同じ響きで耳朶を叩く。うっそりと開いた双眸に映る姿はやっぱり、宵闇の中でも美しい。手を繋いで眠ろうか。そう言って当然の顔をして伸ばされたその手に己の手を重ねてはみたけれど、内心、ガラス細工のようなそれが、触れてしまえば最後。壊れてしまいそうで恐ろしかった。
    「綾華に知られたら、あの子は拗ねてしまうだろうね」
     まるで、禁忌でも犯すように。酷くゆったりとした仕草で指を絡め取られる。くふくふと押し殺した笑みをこぼしながら言う人から伝う熱は、想像していたよりもあたたかく、思いのほか硬い。日々の鍛錬の賜物だ。打ち合う木刀の音も。厳しい師の低い声も。手ぬぐいを渡す役目も。いつの間にか、トーマの日常にすっかり刻まれている。
     ああ、そうだ。
     本当はちゃんとわかっている。
     彼がただ、恵まれただけの子供ではないことも。
     トーマとそう変わらぬ背丈に、背負うた重圧も。
     羨む己の愚かしさも。
     ただの無いものねだりであることだって。
     本当はきちんと理解しているのだ。
    「若」
    「うん?」
     呼びかけて、けれど続く言葉は見つけられずに口を噤む。
     ごめんなさい、と。謝るのは、なんだか違う気がした。
     ありがとうございます、と。感謝するのも。
     されど、まだ憤っているのかと言われれば、それも違う。
     黙ったままのトーマに、うっそり開かれた双眸がゆっくりと長い睫毛を瞬かせるのが、薄い月明かりがさす部屋の中に見えた。促す声がないことに甘え、漂う静寂を呼気で満たす。ほぅほぅと夜鳥の声が遠くに鳴くのを聞きながら、もう一度だけトーマは綾人に呼び掛けた。
     絡め取られた指に自ら力を籠め、二組の敷布団の間に出来たわずかな隙間に落ちたその手に額を寄せる。
     細く、長く息吐き目蓋を閉ざしてしまえば、不思議と自然にくちびるは開かれた。
    「――蒲公英酒を抱えてオレ、旅に出たんです」
     父は、稲妻人でありながら、モンドの酒を好んで吞む人だった。
     酒量はモンド人に負けず劣らず。あの地で生まれ育った母をも呆れさせるほど。
     だから父が故郷に戻ってからというもの、トーマは気が気でなかった。
     あれだけ、毎日モンドの酒は美味いと上機嫌にジョッキを傾けていた父のことだ。
     きっと、気落ちしているに違いない。そう考えたからこそ、トーマは蒲公英酒を抱えて、父の後を追いかけることを決めた。
     
    ――いや、違う。そうじゃない。

     本当は、ただじっとしていられなかった。あそこに、居たくなかった。それだけだ。
     必ず送ると言っていた便りは、父を海原へ見送ってからというものひとつもない。
     夜も昼もお構いなしに明るかった家は、日に日に暗くなってゆくばかり。そうして、灯りの堕ちた夜にひとり零される母の涙に、ついぞトーマは耐え切れなくなった。
     父さんの代わりに母さんを頼んだぞ。未来の西風騎士。そういってわしゃわしゃと大きな手で頭を撫でてくれたのに。出ていけば、母が涙を堪えてしまうのをわかっているから、ただ己の無力さを恨むことしかできない自分が、情けなくてしかたがない。
     なんとかしなきゃ。
     そう己を奮い立たせたのは、すすり泣く母の声をそれから何度も聞いてから。
     父から託されたのだ。その信頼を無下にして、いったいどうして騎士になどなれようか。
     そうだ。騎士でありたいなら、強くならなければ。守りたいものを、守れる強さをもたなければ。
    『あのね、母さん。オレ、わかったんだ。父さん、モンドの酒が呑めなくて、向こうで落ち込んでるんだよ』
     だから、オレが届けにいく。それで、迷子になってる父さんを捕まえて、ちゃんと一緒に帰ってくるよ。と、戸棚に隠されていた蒲公英酒を引っ張り出して言うトーマを、母は一瞬泣きそうな目で見たけれど。息子の優しさを否定することなどしなかった。
    「まぁ、そうやって持ってきた酒瓶も、海に投げ出されたときに失くしちゃったんですけど」
    「そう」
    「ここにも、売ってたらいいんだけどなぁ」
     そうしたら、母との約束を果たすことができる。父が、絶対にみつけられる。そんな気がする。いいや、そうだと信じたいだけだ。きっと。すんなり認めることはできないけども。
     ああ、でも。それならモンドから重い酒瓶抱えてきたオレが馬鹿みたいだ、なんて。続けた声に微睡みが滲む。重くなってゆく思考にあらがわずに身を任せてしまえば、微かな布擦れの音のあとに酷く優しい声が聞こえて。まだ毛先が少し湿った頭を、柔らかく撫でられた気がした。
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