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    higuyogu

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    higuyogu

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    エフエルオ。せいセル。がいはがベッさんに耳掻きをする。ベッさんの過去捏造あり。ぷらいべったーから。#pixiv https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10802573#2 これの続き

    「ベッセル、耳かきさせろ」

    「…え?」

    彼から唐突な提案が飛び出したのは、夜も更けて2人が夕飯やら寝支度やらを済ませた頃だった。

    この家には主人公とベッセルが住んでいる。2人ともあまり家に執着する質ではなかったが、雨風しのげる眠るのにちょうど良い寝所としてそれなりに気に入っていた。今晩のように同居人と居合わせれば、会話することもできる。
    主人公は普段身につけているシックなドレスを脱ぎ、簡素な寝間着姿になっていた。ベッセルも同じく寝間着に着替えていた。今日は湯浴みしたのでそのついでに服を洗っている。

    ベッセルは脚の傷に薬を塗っている最中だった。たしかに各々横になるには具合がいい格好をしており、提案としては無理はない。しかしベッセルは不安になった。

    以前ベッセルは主人公に耳かきをしたことがあった。そのときに彼は自分にも耳かきをしたいと言っていたので、いよいよそれを実行したいということなのだろう。
    主人公は特に不器用ではない。むしろ様々なライフに就き、細かい作業が多い制作ライフもなんなくこなす彼は器用なほうだ。
    それなのにこの上なく人を不安にさせるのは、彼の乱暴な性格のせいだ。物の扱いが雑で何かと行動が荒々しい。器用なのに大雑把とは矛盾している気もするが、単純に人に対して丁寧ではないだけである。
    どんなに器用な人間でも鼓膜を破ることはできる。鼓膜を破らないには、ほどほどの器用さと人を気遣える心が揃わなくてはならない。

    「おまえ、耳かきしたことあるのか…?」

    「あるぞ。お前が練習して来いっつってたからジークとリモネに協力してもらった。2人ともこれぐらいならってたぞ。」

    恐る恐るベッセルがたずねれば主人公は自信げに答える。その自身に満ちた態度がさらに不信感を強くさせる。ベッセルは何も言えなくなった。
    そんな彼に、主人公はダメ押しのつもりなのか、さらに言葉を続ける。

    「自分でもやったしな。力加減はだいたいつかんでいる。あとオレ手先器用じゃん?釣り竿も直せるだろ。な!」

    「いや、いやそのごめんっ」

    不安が最高潮になり恐怖に変わりだしたベッセルは逃げるように距離を取ろうとしたが、その前に主人公に腕を引っ張られ、ベッドまで引きずられた。
    主人公が彼をベッドまで連れてきたのは、人生初の耳かきがベッドで膝枕してもらいながらされるものだったからである。
    …こいつ、きっとジークさんにもリモネさんにも同じように耳かきしたんだろうな。無理矢理主人公の膝に頭を乗せて横にさせられたベッセルは、2人の被験者に腹のなかで同情と謝罪をしたのだった。


    ベッセルはなにもかも諦めた。主人公はベッセルの耳を覗き込んだ。

    「おい、なかなか取りがいありそうだぞ。」

    「ああ、うん」

    主人公はベッセルのはねる髪の毛を撫でつけながら耳介を軽く引っ張る。湯に浸かったのは日が落ちる前だったので、髪の毛はだいぶ乾いていた。
    最近は桜も散り暖かくなってきた。耳を掴まれるとうまく発熱できていないような、もんやりとした気分になる。前回自分がやった耳かきでなぜこいつは寝たのか、ベッセルは不思議で仕方がなかった。

    軽く観察を終えた主人公がいよいよ耳かき棒を手に持った。やんぞ、と一声かけてから耳介の溝からかいていく。
    いきなり穴に行かなかったのは恐らく自分のクセを定石だと思っているからだろうが、合図があったのは意外だった。2人からさんざん注意されたのかもしれない。
    かく力は痛くないわけではないが、許容範囲内だった。でも、まあ痛い。主人公は垢をとるのに夢中になっているようで、取り残すまいの勢いで溝の垢をかき集める。だから何度も同じところを繰り返しかく。気持ちもう少し弱くてもいいのではないか。頭の中で大物を釣り上げるシミュレーションをしながら耳かきをやり過ごそうと思っていたが、この調子が続けばそれは難しそうだ。

    「主人公、ちょい弱くできねえか?」

    「え?ああ」

    念入りにグリグリと二週目に差し掛かった頃だった。若干力は弱められ、ベッセルはやや安堵した。

    「ここってすげえ取れるからやめどきが分かんねえよな。」

    「…ならぬぐえばいいんじゃねえ?あんまり耳かきで掻き続けられると痛え」

    「そういやそうかもな!じゃあちょっと取ってくるわ」

    そういうや否や主人公はベッセルを膝からどかし、なにかを探しに行ったかと思えば家を出た。あっけにとられたベッセルはとりあえずベッドに腰掛けて待っていると、相手はしばらくしておしぼりを片手に戻ってきた。
    再び膝枕の体制に戻り、耳を見せる。忙しないが、こういうときは本人の気がすむまで付き合ったほうが後々めんどくさくない。それでも少し慌ただしすぎるのではないか。
    耳掃除は垢を取り除く行為だがけして掃除のためにやるものではなく、主の目的はリラクゼーションである。ベッセルは師匠の教えを思い出し、盛大にため息をついた。

    しかしまさに前途多難かのように思われたが、言いつけられたことは忘れない間だけは守る素直さは、主人公の数少ない長所であった。
    力を弱めしつこく引っ掻き回さないことを守れば、痛みという不快感が消える。それだけで随分マシになるのである。
    先程持ってきたおしぼりはなぜか使わず、先に肌を耳かき棒で掻くらしい。打って変わった優しい力でなぞられると、ベッセルはなにやら妙な心地になった。手前すぎて自分ではあまり耳かき棒で掻かないところを掃除されるのも変な感覚だった。広い面を細いもので押されると、不思議な感触だ。
    すでに耳かき棒は穴付近のくぼみまで来ていた。より敏感なところに迫っていたが、先ほどのように痛くない。ときたまパリパリとこ削がれているような感触を楽しむことができるくらいだった。
    それから、拭くぞ、の一言の後にひやりとしたものが耳に触れる。川の水か水汲み場あたりで布を濡らしてきたのだろうか。
    布を人差し指にまとわせ、穴の手前のくぼみをきゅっきゅっ、と優しく擦っていく。
    耳珠の脇は古い皮膚がめくれており、耳かき棒で取ろうにも肉が柔らかくなかなか取りづらかった。主人公はその耳のひだに続く耳珠の脇を傷つけないようそっとつまみ、こびりついたものを落とすイメージでくにくにと揉む。
    ついでに先程強く引っ掻きすぎて苦情が出た耳介のほうも、さらに傷つけないように一層優しく拭う。こちらはもう擦る必要はないので押し込むように溝に布を這わせていく。程よく押しつけられる布から水がじゅわりと染み込んでくるようで、荒れて火照った耳に心地よい。
    あらかた拭き終わったあとは、耳を手のひらで覆って少し温めた。


    「そろそろ中入れんぞ」

    主人公の声かけにうっかり返事が遅れてしまう。ベッセルは自分の体がのんびりし始めていることに驚く。
    穴の入り口をゆっくりくるりとなぞられる。浅いところから軽い力でさらりさらりと垢を取り去るような動きはこそばゆい。さっきの耳介の溝のときが嘘のようだ。あまりの落差にベッセルは、もしかしたらこいつはふざけていて、わざとくすぐっているのかもしれない、と疑ったほどだった。でもそれにしては動きが丁寧な気がする。
    主人公は細かい浮いてる垢をいくらか取り、穴の中を少しずつ撫でていく。皮膚を撫でると垢が少しずつ匙に溜まる。派手に垢が採れるわけではないが、全く採れないわけではない。しかし今の彼はそれよりも、さっきみたいに痛いと言われないようにすることに必死になっていた。
    そんな調子で主人公はベッセルの耳をそろそろと探っていた。優しく撫でられるくすぐったさは心地よいのだが、なんだか妖しげに焦らされているみたいでだんだん肩がすくむ。しかし強くしろと頼んでまた痛くなるのは勘弁だ。

    「ん、もしかしてまた痛い?」

    珍しく何かを察した主人公が声をかけた。

    「んあ?ああ、いやその逆でこそばゆい。主人公、悪いんだがもう少し強めにできねえか?」

    「おお わりわり、…こんくらいは?」

    主人公はほんの少し力を入れて耳の中をなぞった。痛くもなく痒くもない。

    「ん、んん、まあまあ」

    程よい力加減になれば結構いい感じだった。なんだよやればできるじゃねえか、とベッセルは内心で呟く。
    耳から垢を運び出す回数も減り、言葉数も減る。奥に行くほどゆっくりになる動きに空気が穏やかになっているようだった。相手が呼吸をする音と川の音が聞こえる。ベッセルは目を閉じずにいたが、体はだいぶ動かしづらくなっていた。

    かさり、かさり、と何かが動く音を聴いている。耳かきをするときはいつもこんな音がするが、だからといって垢が取れるわけではない。
    ベッセルは昔に師匠にこの音の正体についてたずねたことを思い出した。自分がまだ幼く、母親のような師の膝に頭を乗せるのが抵抗なかった頃だ。そのときの師匠は、特に垢はそれほど見当たらないと言っていた。未だにこの音の正体については知らない。
    この頃はよく師匠についてまわりながら釣りをしたが、いつ頃からかそんなことはほとんどなくなり、今ではほとんど一人で釣りをしている。たまにこの同居人を含めた仲間と釣りをするが、やはり一人で釣りをするのが性に合っていると思ったりする。
    最近あまり師と顔を合わせていなかった。この間久しぶりに会ったくらいだった。兄弟弟子のヴィオラはよく師匠と釣りをするらしい。忙しい師匠に予定を上手く合わせているのだろう。自分には、そこまでして師匠と釣りをするという考え自体がないな、と兄弟弟子のことを少し羨ましく思った。

    思考が変なところに飛んだ最中も耳かきは続いている。
    垢らしきものはもう全く見られなかったが、主人公はまだ耳を触っていた。ひざの上のベッセルに動く気配がなかったからもう少し続けようと思っていた。
    だいぶ奥の方まで匙は届いている。先ほどくすぐったいと言われたくらいの力加減で撫でる。脱力した様子の相手を見るに、今はこれくらいで丁度良さそうだ。
    血の流れが盛んなところは刺激されると気持ちが良い。特に耳の奥は気持ち良いらしい。主人公は自身の耳で確認した所を思い出しながら探っていた。そうだと思われるところを、こしょり、こしょり、と匙で丁寧に触る。
    うっとりする箇所への刺激にぼんやりしたベッセルは、自分の手がやけに力んでいることに気づいて恥ずかしくなった。痛くなる前に他の箇所に移る。自分でもいじったことがある部分だが、人にされるとそれ以上に気持ち良い。思い出したように耳介のひだを指でなぞられると一層心地よかった。


    「もうそろそろ反対やるぞ」

    垢のない耳をいじるのに飽きた主人公が声をかけた。ベッセルは怠くなった体をゆっくり起こした。

    体勢を変えようと立ち上がるときに、うっかり先程処置をした傷を踏んでしまった。思わず間抜けな悲鳴をあげてしまった。

    「おい、大丈夫か?」

    「あ、ああ!全然大丈夫だぜ」

    主人公を回り込んで再び横になり、耳を見せる。先ほど踏んづけた脚がじくじくと痛む。
    ふくらはぎに傷を負ったのは最近のことだ。まだちゃんと瘡蓋になってくれていない。あまり無理な動きはできないので、釣りは村の中か、ごく近所の平原でしか許されていなかった。
    こう言いつけたのは彼の師匠だった。ベッセルは反発したが、もっとひどい傷をこさえてくるから駄目です、と当然のごとく退けられた。

    反対の耳と同じように耳介から始める。今度はちゃんと力加減に気を配りながら溝に匙を滑らせる。丁寧に掻き取りながら、もう片方の添えた手ですりすりと耳たぶなどを揉んでみる。痛くはないらしく、特に文句は飛んでこなかった。むしろベッセルは微動だにしない。耳という繊細な機関を優しく扱われると眠たくなる。遅い時間帯であることも手伝っているのかもしれない。
    あらかた溝の内をなぞり終えたら、いじったことで火照った皮膚を冷やすように布巾で拭う。布は多少水気がなくなってはいるがまだ湿っている。使ってない面が出るように折りたたみ、きゅっと耳全体を覆うように押し当てる。それから畳んだ布を広げ指に巻き、丹念に溝を拭く。指が届く範囲の溝と耳の裏を拭うと、やはりいくらかきれいになったようにみえる。それから耳かき棒に持ち替えた。

    ベッセルは主人公の一連の作業にまどろんでいる。眠気でぼんやりした頭は、どんな思考も歯止めなく転がしていく。
    彼が師匠と久しぶりに顔を合わせたのは先日、足に傷を作ったときだった。彼女は弟子の大怪我の知らせを聞いて駆けつけたようだった。
    怪我をしたのは1人で釣りに行ったときだった。通い慣れた場所であったが、その日運悪く凶暴なモンスターと出くわしてしまった。脚に一撃を食らいながらもなんとか振り切ることができたのは、まさしく不幸中の幸いだろう。
    対面した彼女の顔は険しかった。そしてやや長い説教をした後、泣いた。ベッセルは初めて見る師匠の泣く姿を直視できなかった。
    自分がまだ未熟だということは自覚しているつもりだった。それでも少しずつ大人になっているのではないかと自分自身に期待しているところもあった。でもそうではなかった。師匠から距離をとって一人で行動しているからといって、子供ではないことにはならないのだ。


    大きな音がした。ベッセルは何事かと、薄開きになっていた目を丸くした。主人公もざらりとする感触に気づいていた
    何度か触っても違和感があったので、少し力を込めてこそぐ。される側にも違和感があった。やや強めに撫でられ、バリバリという音が聞こえる。
    それでも取れず、その辺りを慎重にいろんな方向から引っ掻いた。ちょりちょりと何かが剥がれそうな音と、程よい力加減に思わずベッセルの手に力がこもる。
    細く狭い暗所にこびりついたものを、これまたさらに細い棒で剥がす作業である。なかなかすんなりとはいかない。はがれるのかそうでないのか分からない音はもどかしく、なんだか浮いた垢に刺激されて痒くなってきたきがする。しかし、固まった皮膚が剥がれかかってているところをかすめる感覚は、焦らされている感じも相まって気持ち良い。苦戦しながらも必要以上に力がこもらないのも安心できる。
    格闘の末、おそらく今まで垢に覆われていた地肌に匙の先が到達したようだ。そこをくりっと掻かれると想像もしていなかった快が走った。これには思わずベッセルも眉をひそめ息を飲み込んだ。主人公は手応えを感じ、そのままさらにバリバリと周辺のカスこそぐようにしてから引き上げた。こりこり刺激されると思った以上に気持ちが良い。ますます手に力が入る。実は案外その箇所が痒かったのかもしれない。ついによだれが口から垂れたが、痺れたように体がうまく動かない。
    やがて全体が剥がれ、穴から引き上げる。少し大きめの垢はおそらく、ほぼ治りかけかさぶただったのだろう。ベッセルはこっそりと爽快感にひたり、主人公は感嘆の声をあげた。

    「なんだこれ、なかなかでけえぞ」

    「え、ああ、…おお、けっこうでかいな」

    「なかなかいいじゃん。他にもあるかなー」

    獲物を見せて満足した主人公は再び耳を探り出す。最後に潜った深さからまたそろそろとかいてゆく。
    すっかり主人公の耳かきに骨抜きにされていた。あんなに出だしは下手くそだったのに、あっという間にコツを掴んでいる。もしかしたら自分より上手くなっているかもしれない。

    「…上達したな。やっぱすごいな、おまえは」

    「何だよ」

    皮膚にくっついていた垢はぽろりとすぐに剥がれる。ときたま強めにかかれると涙が滲む。

    「だってそうだろ。」

    「…本当はなにか別のことなんじゃないのか?」

    今日の主人公はいつになく鋭い。別人なんじゃないかと思うくらいだ。

    「何にもねえよ。ただ間が空いてたから、なにか喋ろうと思っただけだ。」

    でも何かを話そうにも耳をいじられてる時は妙に音がこもるから話しづらいし、こんなくだらない愚痴を誰かにこぼすのはどうかしている。どうでもいい話は腹の中だけで完結させるべきだ。

    本当は悔しかった。何も出来なかった自分が嫌だった。はっきり言って神の使いである主人公が妬ましい。なんでも出来てしまう。
    加えて最近は師匠から見限られたんじゃないかと考えることがよくあった。顔を見せるような可愛げもなければ、実力も無い。そんな弟子なんか必要か?あのとき決定的に絶望させてしまったのではないか?
    もちろんこんなのただの僻みだって分かっている。見限られていたなら、師匠がここに駆けつけるはずがない。神の使いだって、世界中の期待に負けずに毎日努力をしているから、こんなに耳かきも上手くなったのだ。今のオレはただ被害妄想に耽るための理由を探しているだけだ。

    加害者は誰もいない。悪いのは何にもできない自分だけなのだ。傷を作ったのはオレの責任であり、モンスターを処理しきれなかった弱さがいけなかった。または一撃を食らう前に逃げればよかったのかもしれない。あのとき怖いと思わなければ、すくみさえしなければ、皆に迷惑をかけなかった。
    一人で行動できるようになるためには、いろんなことができるようにならなくてはならない。では、いろんなことができるようになるには、何ができるようになればいいのだろう。


    考えれば考えるほど鼻水が分泌される。慌てて目を閉じて何事もないふりをする。しかし目頭は熱くなりはじめている。

    「ベッセル」

    耳を触る手が耳介をなぞり始めたことに焦った。もう片手は耳かきをやめて髪の毛を撫でている。不味い、と思った。自分の失態がバレているのだ。本当に馬鹿なことを考えた。ベッセルは後悔する。恥ずかしくなり頭に血が上る。きっとこれは被害妄想にうつつを抜かした罰なんだろう。

    「足の怪我だけで済んで良かったんだよ。むしろよく帰ってきたって、皆んな言ってたろ?」

    違う、怪我を負わないようにするべきだった。そもそもあんな凶暴なモンスターなら初めから出会わないように警戒できたはずなのだ。
    ベッセルは声を出せなかったので代わりに頭を振った。

    「テルハ…お前の師匠だって、心配したからあんなに怒ってたんだろ?」

    そんなことは知っている。だから泣いている師匠の姿が嫌だった。

    「オレも、血まみれのお前を見たとき、どうしようって思った。なんでこうなったのか分かんなかったし、予防できたんじゃないかとも思った。
    …そんですげえ腹が立った。多分モンスターにじゃない」

    主人公は相手の髪の毛をいじりながら言葉を続ける。ベッセルは変わらず黙りながら、少し目を開けた。溜まっていた涙がこぼれていった。

    「お前に対してムカついたんだよ。なんでモンスターなんかにやられてるんだよ。お前だって戦えないわけじゃないし、見つかる前に逃げんのだってできただろ。」

    怒りが混じった声色だが驚くほどすんなり頭に入ってくる。頭を触っている手はせわしなく動き、髪の毛を荒らされている。

    「こんなこと、あのときはいえなかったけどよ…」

    手の動きが止まる。ぐしゃぐしゃに乱れた髪の毛は目元を隠すのでちょうど良かった。

    「あとさ、正直オレも怒られるんだと思ってたんだよ。一応オレがこの村の村長で、お前とも一緒に住んでるわけだし。でも誰からもオレを責める言葉が無かった。
    なんか、なんかさ、いつもなら小言言われたらムカつくんだけど、今回は何も言われないのもムカついたんだよ。
    なんか変だよな。確かにあん時はむしゃくしゃしてたけど、それにしたって怒られない方が嫌なのって。」

    自分はどうだっただろうか。師匠から怒られたのと怒られないときならば、どちらが楽だっただろう。
    なんとなく怒られる予感はしていた。師匠の怒った顔を見たときにやっと安心できた。それから泣かれて、事の重大さをなんとなく思い知ったんだった。

    「良かったんじゃねえか?怒られといてさ。それだけ大事にされてんだろ。」

    師匠がこぼした言葉を思い出した。あなたが無事で良かった。
    怖い顔で散々説教されたあとは決まって師匠はなぐさめてくれる。そのときも同じように、しょげたオレにその言葉を言って、そして泣かれてしまった。あの時は定型文の一種で、口癖のようなものだと思った。でも今は、今になって言葉が重たくて仕方がない。恒例のように頭を撫でられて気恥ずかしくなるのだと思っていたのに。
    涙がせり上がってきた。今度は止められなかった。止める理由が思いつかなかったからもしれない。あの時泣かなかった分の涙かもしれない。でももう大きくなったから説教くらいでは泣けなくなった。または師匠が先に泣いてしまったからオレは泣かずにすんだのか?
    膝の上で泣くという、もう一生体験したくない有様だが、明日村中に言いふらされたらそのときこいつを殴ればいい。ここは腹をくくって思いっきり泣くことにした。

    主人公はベッセルが嗚咽を漏らしたことにひどく驚いた。そばに落ちていた布を渡すか迷い、渡すことにした。耳を拭いたものだが、そこまでは汚れていないはずだ。
    これ以上髪の毛をいじるのはどうにもはばかられて、本人が落ち着くまで何もしないでおくことにした。膝に頭が乗っかっているので動けないが、こういうときは気がすむまで任せた方がいい。そんなふうに誰かが言っていた。



    「主人公、すまん。服汚したり、ずっと膝使ってたり…」

    泣き止んだあとのベッセルの顔は晴れていた。
    お互いもう眠たくて、ベッドに適当に横になっている。外の方が若干明るいらしく、窓の形の光が床に落ちている。

    「おまえも心配してくれてたんだな。それなりに悩んでたみたいだし。」

    「まーな、オレもちゃんと責任感じたりするんだよ。」

    「頼られないのは悔しいもんな」

    「うっせえな!」

    軽口叩けるなら大丈夫なんだろう。主人公は文句を垂れていたが、お互いに安心していた。
    その後も泣いたことをバラすバラさないの不毛な応酬をしたが、眠気には勝てず、いよいよ眠りやすい体勢をとる。季節柄、布団の取り合いは起きなかった。


    「あ、そうだ。また耳かきしてもいいか?」

    「ああ。でも今度は泣いてやらないからな」
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