ピアスホール 私の隣の席の彼は、いつも大きなピアスをつけている。左耳に2つ。右耳に1つ。
「あのー、そんなに僕の横顔が面白い?あんまり見られると照れちゃうな。」
隣の席の彼、オズは教卓の方に顔を向けたまま、てのひらだけでエイラの視線を彼の横顔から遮った。
午前の講義が終了し、昼休みに入ったときの事だ。
「……ピアスについて考えていた。」
「ピアス?どうして今更?」
そう、オズのピアスは最近の話ではない。出会った日から既に彼はピアスをつけていた。
「私の人生にとって、ピアスは無駄だ。」
「おっと、急だね。」
オズは笑いながら後ろに伸びをしてみせた。
「それを開けたのはいつ頃なんだ?」
「これはね、昔友達とおそろいで開けたんだよ。本当に昔。初等教育の頃にね。」
……友達とおそろい。
「別に開けなくてもよかったんだよ、イヤリングでも良かった。でもほら、僕は体を動かすのが好きだからイヤリングだとふっとんじゃうんだよね。だったらピアスを開けて、ガッチリ固定できた方がいいなあってなったの。」
「言う通り、ピアスは開けなくても生きていける。そうだろう。なぜわざわざ体に穴をあけるという一生ものの行為をしてまでピアスをつけるのか。……生産性がない。」
「あはは!笑わせないでよ。君、時々すごく面白いことを言うよね。」
突然、オズが笑った。
「じゃあその髪、短くバッサリ切っちゃえば。洗って乾かすのも時間が1/3くらいになるし、朝起きて整える時間も省ける。髪飾りを選んでつける時間も無くなる。なんなら全部剃っちゃえば?すべての工程が省けるから生産性があがるかも。うん。それがいい。」
エイラは自分の髪を手入れしている時間を気に入っていた。理由はわからない。ただ、この髪を綺麗だと褒めてくれる人がいるから、その品質を保とうとしているだけだった。
「その髪飾り、気分によって変えてるの知ってるよ。今日は……月桂冠のモチーフ。気分が良いときにつけてる。そうでしょう?」
オズは得意げにエイラが髪飾りをつけている辺りの自分の髪をかき上げて見せた。
「……納得した。」
オズはあはは、と笑う。彼は基本的に温厚を演じている。誰かと対立しそうになった時、同意したり折衷案を出したり、争いごとを避けてすぐに折れる。
しかしこうやって時折核心をついて反撃をする。以前にも何度か……
「ま、昔はピアスはお守りの意味があったらしいんだけどね。今はただの服飾に変化してるけど…。たしかにピアスって体に穴を開けるわけだから一生もので。開けたらもう元の状態には戻らない。1回が一生になるものだよ……。」
オズは自分のピアスを撫でながら話をつづけた。
「僕はねえ、思うんだけど。」
「他人から見て無意味な自己満足って、精神的に一番良い事だと思うんだよね。」
「エイラみたいに昔から英才教育を受けてて、お顔も綺麗でっていう育ちをしてるとわかりづらいかもしれないけどね、他人から見てどんだけ無駄でも、それをすることで自分が自分のことを好きになれたり、何かに満足できるのなら、それは素晴らしいことだと思うんだ。自分が満足すればそれでいいの。」
「ふむ。」
「髪飾りもピアスも一緒。、他人に自分をよく見せよう!って思うのも、自分を満足させよう!っていうのも、周りへの影響がなかろうとも精神的な生産性はあるんじゃないかなってとこかな。」
オズはこの話を終わらせようとした。彼がこれ以上何かを言おうとしても同じことを言うことになるだろう。それこそこの話に生産性がない。しかし、彼の言わんとすることはよくわかった。
「ところで自分で言っておいてなんだけど、ショートカットも似合いそうじゃない?1回やってみたら?」
「断る。」
「えーっ、なんで、きっと似合うよ。少なからず僕の頭の中では似合ってる。」
「だから、今の話は私が間違っていたと認めたんだ、悪かった、と。」
エイラが荷物をまとめだすのを見て、オズは再度手と足を大きく伸ばして深呼吸をする。そしてそのまま勢いよく立ち上がり、
「よし!ランチタイムだ!ご飯いこ!」
と、いつものように笑顔でエイラをうながした。
そんな昔の出来事を、奴は覚えているだろうか。
「で、ピアスガン買ってきちゃったの?」
オズは呆れたようにエイラを見つめた。
「そうだ、お前が綺麗だと思う位置に開けてほしい。」
「えー、責任重大だなあ。」
オズの手がエイラの右耳を優しく探る。
「エイラみたいな堅実な人は美容外科とかで開けると思ってたけど。」
「知らない人間は信用できないからな。」
「普通は医者の方が信用できるものなんだよ……。」
素人が開けることによるリスクなどどうでも良かった。
ただ、オズがその手で、この体に穴を開けたという事実が欲しかった。
このあとオズが躊躇してうまくあけられなくても、その穴が膿んだとしても、腫れあがって歪な形になろうとも。
オズが私に一生物の痕をつけたという事実に違いない。
「他人から見て無意味な自己満足って、精神的に一番良い事だと思うんだよね。」
中等教育時代のオズの声が頭の中で響く。
「本当に右耳でいいの?いつも左側の髪を耳にかけてるから、左に開けた方がピアスが映えるよ。」
「右耳で良い。ロブだとつまらないから軟骨に。」
「あら、遊び心だしてくるとか珍しいね。いいね、そしたらこのあたりかな…。」
オズが印をつけると、写真を撮ってエイラに見せた。
「ここでどうかな。ヘリックス2連。上だとちょっとやんちゃな気がするし、下だと普通な感じがするから真ん中で。つけるピアスによっては上品にもなると思う。ここがエイラっぽい、かなって。」
タブレットの後ろからオズの瞳がまっすぐエイラの瞳を見つめる。
「ふむ……そこで良い。」
「本当に言ってる?なんか投げやりじゃない?取り返しつかないよ?」
「ピアスに関しては私よりお前のセンスに任せた方が確実だと考えたんだ。」
「うーん、なるほど?じゃあいきますか。そしたら1つめ……。」
真剣な顔をしたオズが慎重に機械を耳をあて、耳の裏と表の位置を交互に確認する。
「よし、いくよ。」
バチン、と間髪入れずに大きな音がした。
「痛くない?」
「痛くない。」
「オッケー、開けた瞬間よりも後にじわじわ痛みがくるから。さっさとやっちゃおう。」
オズは再度位置を確認し、
バチン。
先ほどと同じ音が響く。
「はぁ~緊張した!しばらく左上にして寝ないとだめだよ。あと服に引っ掛けるから、こう、右耳をガードしながら着替えないとだめだよ。」
オズは昔の経験に沿って右耳をかばうようなしぐさをして見せた。
「にしてもエイラが急にピアスを開けるって言いだすとは思わなかったなあ。」
右耳がだんだん熱を帯びていくのがわかる。ジンジンと痛みはじめ、体に穴を開けた実感がわく。
この痛みが、この痛みも事実ならば。
永遠に続いてくれたって良い。
ピアスホール <ランドフォール>