煉獄槇寿郎の決めたこと 一
槇寿郎は激怒した。何も成せずただ妻を死なせ息子を死なせるだろう自分の未来に。
槇寿郎には前世の記憶がある。
かつて令和という時代を生きた、人の身ではどうしようもない災害に直面しても、ただ怯える事しか出来ず、それでも気が付けば何事も起こらず助かってしまうような、ありきたりな程にただの弱く脆い人間であった。見も知らぬ誰かが死ねば少しの日々心を痛め、けれど数日後にはまた新しい悲劇に怯えては、何故か弱い者が虐げられたのだと憤りながらも、怒りに満ちた人の声や涙に心臓がギュッと痛むような心地になってしまう、とても弱い人間が槇寿郎だったのだ。
きっとその姿は、この大正という時代を生きる人々に比べれば明日をも知れぬ、国産肉であることが一種のブランドであろう、家畜のように生かされている能天気なものに写っただろう。けれど、それが人に許された自由の筈だった。人が勝ち取ってきた権利の筈だった。
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