連立嫉妬方程式1「ジェイド、お前、マスターシェフの料理に毒キノコを使ったたんだって!? 何してるんだ!!」
ジェイドはモストロラウンジの営業終了後、ごみ捨てのために店の裏口から出ると、ヤの付く職業の人もかくや、という険しい顔をしたトレイに、掴みかからんばかりの剣幕でそう告げられた。
「ええ。折角採ったキノコですから、食べていただきたくて。何か問題がありましたでしょうか?」
味も盛り付けも問題なかったはず、とジェイドは思う。毒キノコである、という点以外は。
「問題大アリだ! お前だってモストロラウンジで働いているんだから、食品衛生管理の重要性はわかっているだろ! 傷んだ食品どころか、毒キノコだなんて…。 途中で気付いた上で完食するルークもルークだが…何かあったらどうするつもりだったんだ!」
勿論、ジェイドだってモストロラウンジで提供する食品に関しては賞味期限の厳守や、適切な温度管理、廃棄が極力少なくなるようになど注意をしている。
「えぇ。微量の摂取であれば、軽い痺れや麻痺で済むと確認済みですので、問題ないと判断しました」
「そういう問題じゃないだろ…」
話が平行線だ、とトレイは頭を抱える。ジェイドは頭はいいのに、変なところで好奇心に従って行動してしまう。そういう困ったところは本当に双子そっくりだ。
トレイの実家はケーキ屋だ。チェーン店ではない個人経営の店なんて、信用を失ったら瞬く間に潰れてしまう。
そんな実家の方針が無意識に刷り込まれているトレイには、提供する料理に毒キノコを混ぜるなんて発想は理解出来なかった。
どう話せば通じるのか、と悩んでいると、ぽつり、とジェイドが呟く。
「ルークさんだから、そんなに怒ってらっしゃるんですか?」
「は?」
「無人島に一緒に行きたいほど、好きなのでしょう?」
「いや、好きとか嫌いとかではなくて、意志疎通や連携が取りやすいし、ルークは狩りも得意だからってだけだ。何より今はルークは関係ないだろ」
トレイは確かに誕生日のインタビューで、そんな話はした。まさか、学年も違う、寮も違う、特にこれと言って接点のない人物の名前を出すのは躊躇われたのだ。
「恋人の僕ではなく、ルークさんを選ぶなんて、僕よりもルークさんの方が好きなんでしょう…」
トレイから顔を背け、目線を右下へと向け俯く。普段は冷静なジェイドが、いつになくむきになる。トレイは、まるで幼い弟達が癇癪を起こした時のようだな、と思う。
「ルークとはそんなんじゃない。ただの友達だ。好きなのはお前だけだよ」
「トレイさんはもう僕のことなんか好きじゃないんでしょう! トレイさんはもうルークさんと付き合えばいいじゃないですか!」
トレイの言葉を全く聞き入れないどころか、ジェイドに自分の愛を疑われたことに、トレイの胸の奥でぐるぐると黒いものが渦を巻く。
「…じゃあ、ジェイドは俺がルークと付き合ってもいいのか?」
トレイは感情を抑えようと冷静に呟いたつもりだったが、その声は酷く冷たく、突き放すようなものになってしまった。
ジェイドは一瞬目を瞪るが、一つゆっくりと瞬きをすると、笑み張り付け、その顔をトレイに向ける。
「えぇ、構いませんよ。フロイドは悲しむかも知れませんが」
トレイにとってそれは聞きたくなかった返事だが、予想は出来ていた。恋人が素直じゃないのはトレイもよくわかっている。けれど。
「そうか。時間を取らせて悪かった。じゃぁな」
けれど、その言葉は受け入れられない。
酷い言葉が口から飛び出してしまう前に、急ぎ足でトレイはその場を後にする。
残されたジェイドは、トレイが今しがたまで立っていた場所をじっと見つめる。
「嫌われて…しまいましたかね…」
ジェイドだって本当はトレイの愛を疑ったことはない。でも、それでも。自分より共に過ごす時間の長いルークに嫉妬してしまった。
それに、今日ラウンジで客がトレイとルークがお似合いだ、と会話しているのを聞いてしまって、酷く心がざわめいていたのだ。そんな所に、トレイに非難されてしまって、冷静でいられなかった。
ジェイドは、自分の減らず口も捨てられればいいのに、と持っていたごみをゴミ箱に捨て、ラウンジへと戻った。