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    路地裏と思い出

    #しきみそ

    沈んで、揺蕩って③ 納まりが悪い。わだかまりを抱えたまま四季は煉瓦街を特にあてもなく歩いていた。

     時折、三宙と連れ立って珈琲を飲みに行くこともあるが、あんなことがあって以来お互いにそんな気分にはなれなかった。それどころか、訓練などの必要な場面以外では未だに避けられている。同じ部隊の一員として休憩に出向いている今も。

     この街は元より居心地のいい場所ではないが、おかげでそれをいっそう顕著に感じる。

     考えたくもないのに、気が付くと三宙と言い合いになった事が頭の中を巡っている。優しさなんていらない。なんで自分ばっかり酌んでやらなきゃならないのか。とは言ったものの、認めたくはないが心の隅に引っ掛かり続けているのは事実だった。

     なんとなく大通りの交差点を左に折れる。すると、歩道のすこし先に見覚えのある後ろ頭を見掛けた。渦中の人物、三宙だ。

     向こうはまるで気が付いていない。このまま普通に歩いていれば、お互いにかち合うこともないだろう。などと考えながらも、四季の視線は紫色の後ろ頭を捉え続けていた。そうして自分は気配を消して人波に紛れつつ、距離を詰めるとも開けるともせずに同じ道を追う。

     そういえば、この通りをしばらく行くといつものカフェがある。よく見れば、三宙は紙袋を手にしている。薄い横幅と三十センチほどの高さから察するに中身は雑誌あたりかと見当がつく。カフェで雑誌でも見ながら時間を潰すつもりだろう。

     ならばと四季は大通りの脇に伸びる細道を脳裏に描いた。お綺麗な上っ面の割には、一本入ってしまえば案外ごちゃごちゃと怪しげな場所がひしめいている。育ちのいい誰かさんはそんなこと知らないだろうけど。

     経路と互いの移動速度を読みながら、脇道に入って追い上げる。どうしてこんな疲れることをわざわざしているのかと疑問が掠めるが、聞かないことにする。避けられ続けているのもいい加減癪だ。理由なんてそんなものでいい。

     目的のカフェ近くの小路で四季は三宙を待ち伏せた。読み通り、こちらに向かって歩いてくる。整備された歩道はそれなりに道幅があるが、店に入る意志が体を道の端に寄せさせている。

     待ち伏せている小路を三宙が横切ろうとした瞬間、腕を掴んでこちら側に引き込んだ。咄嗟のことで反応が遅れているらしい。抵抗されないに越したことはなく、その隙に後ろ手に縛るようにして身動きを制限する。一瞬遅れて叫ぶために息を吸った口は、空いている片手で即座に塞いだ。おかげで何やらモゴモゴと呻くに留まっている。ここで叫ばれては色々と厄介だ。

    「よう。奇遇だな、三宙。迂闊すぎて心配になるけど」

     手を解かないまま四季が背後から話し掛けると、さっきまでの危機とは違う種類の緊張で固まるのが伝わった。とりあえず三宙が何か言いたそうなので、塞いだ口だけは先に解放してやる。脇に挟んでいて落ちそうだった雑誌もついでに持ち直した。

    「はーっ……焦った! ほんと四季サンこういうの、なんなんすか?」
    「別にそんなの何だっていいだろ」
    「じゃなくて、そろそろオレのこと解放してもらえません?」
    「じゃ、その代わりちょっと僕に付き合えよ」
    「それはまあ、いいっすけど」

     歯切れ悪く言いながら、解放された三宙は真っ先に自分の服の皺を直し始めた。二人の間に漂う空気こそ、まだまだぎこちないが、そこに逃げ出そうとする素振りはない。一度いいと答えている手前、意見を翻すようなヤツだとも思っていない。そんな様子に四季は妙にほっとしていた。

    「それにしたってさ、もうちょいマシな誘い方してくれたっていいのに」
    「お前がこそこそ逃げなけりゃな。誰も好きでこんな真似しないよ」

     何やら拗ねてそっぽを向いているような肩を軽く押して、小路の先へ進むように四季は三宙に促した。





     懐かしいな。ふと目に留まったその場所の前で四季は足を止めた。この辺りに来るのはどれだけぶりだろう。慌ただしく日々を過ごす中で煉瓦街に来る機会は幾度もあったけれど、裏側の界隈にはあまり来ていなかったように思う。

     唐突に三日間も休みを言い渡されたおかげで四季は時間をもて余していた。それで久しぶりに街歩きに出向いてみれば、かつて用もなく三宙を連れ出していった場所をたまたま見掛けたというわけだ。

     こういうところで生業を立てているヤツは目ざとい。復興に沸く世の中で次の商売でも見つけたのか、もうとうに廃業していて、その佇まいは本当に心霊スポットのようだ。

    (肝試しに丁度よさそうだな。また連れて来てみるか)

     ついそんなことを考えてから、自虐的に乾いた笑いを漏らす。

    (今度こそ一緒に来てくれるかどうか、わからないのにな)

     このところ三宙の様子がおかしいことには四季も気が付いていた。あれだけ日頃から何かにつけて構いに来るヤツが目も合わせてこなくなれば嫌でも解る。けれど、その理由が自分にあると確信したのは三宙に手をはね除けられた時だった。

     あの時の鈍い痛みが淡い痣になって四季の手首に残っている。撮影に支障が出たらどうすんだよ? なんて軽口も、相手が居なければ言えやしない。

     と思ったところで、はっとした。ああ。悪いのはこういうところだな。

     そっと手首に触れると、何かを訴えるようにまだ痣がじわりと痛む。

     この痣の痛みは三宙が四季に対して抱えている痛みだ。尖った言葉で茶化していいものではない。

     言葉は刃物だ。そんなことは自分が一番よく解っているつもりだった。それなのに、どうにも上手く量れないでいる。

     照れくさいだの何だとの思うと、つい裏腹な言い回しが口を衝いて出てくるから仕方ない。なんてどうしようもない言い訳がこの期に及んで浮かんできては、当然の結果だった。

     傲っていた。三宙はいつでも自分の隣に居てくれるものだと。返される調子のいい軽口に甘えていた。いつでもそうしていいわけではないと、知っていたはずなのに。近くに居る時間が長くなるにつれて、また酷くなった。

     真夏の昼間だというのにひんやりと薄暗い空間に誘われ、ひっそりと寂れた敷居を跨ぎ、すっかり埃をかぶった椅子らしきものに座る。あの部屋にある休憩用の椅子とはまるで質が違うが、目線の高さだけは似ていて、向こうに居る三宙の背中が思い起こされた。

     あんなに何度も謝らせて、あんなに思い詰めたような笑顔にさせてしまった引き金は結局何だったのだろう。

     三宙に手をはね除けられる前に言ったことを思い返す。たしか、自分を見ろというような恥ずかしいことをその場の勢いで言ってしまっていたか。それでも相手に届かなければ意味はないが――。

     そこでふと、数日前のやり取りが脳裏に浮かんだ。

    『もう。酷くね? オレってなに?』
    『ほら、あんま過剰演出すんなって』

     事後だというのに珍しく沈んだ顔をしているものだから、軽くデコピンをしてやったらやけに抗議をされた。と思ったら……どうやら、ここに隠されていたらしい。

     オレってなに? つまり、二人の関係性について思い悩んでいたというわけか。

     確かに何か重たいことを話あぐねている雰囲気は感じていた。だったら、せめて普通に言ってくれれば。そう思うが、なにせ四季も人のことを言えない。

     この推察が当たっていたとして、これには四季には思いたある節しかなかった。互いの気持ちが合えば身体を交えることが当たり前になっておいてなお、この関係についてハッキリさせてこなかった。

     呑み込みづらいが、要は簡単なことだった。三宙は色々と目が向くから、そのうち飽きられることを本当は四季が怖れていた。それとともに、化け物のような不安が胸の内に巣食っている。四季にとって大切な親しい者はこれまで皆、自分の前から居なくなった。それらが絡まりあって、この関係に名前を付けさせなかった。

     飽きるなんて、本人はひとつもそんなことを言っていない。実際にはむしろ真逆だった。たとえこれまで喪い続けたとして、三度目の正直という言葉だってある。

     浅はかだった。まるで踏み込んだ名前の関係でさえなければ、失くす痛みはないかのような拙い思い込み。そこにいるのに届かないことの辛さが嘲笑うように響く。

     また自分のせいで大切な人を失ってしまうのだろうか。

     結局のところ、気休めにもならない気休めを重ねることで形の定まらない黒い影に追われるように辿り着いたのは袋小路だった。ちょうどこのあばら屋のような。

     硝子の割れた窓から生ぬるい風が吹き抜けていく。首筋をなぞるような不穏な感触を振り払いたくて、粗末な椅子から立ち上がると四季はその場を後にした。行き先など特にはない。それでも、どこかに進んでいたかった。

     違う。どこか、なんて決まっている。三宙の居る場所だ。会いたい。けれど、今それは叶えられない。三日間も休みを言い渡されている意味ぐらいはわかるつもりだ。

     言われた期間は残り二日。初日でこれでは先が思いやられてしまう。

    (あいつ、何て言ってたっけか……)

    『それに、連休明けに撮影あったっしょ? 行くから、整えといてよ』

     必死で作った明るい顔は、思い出す度に居たたまれない。それでも、これが紛れもない現在地だ。

    (行くからって、それ……信じていいんだよな)

     とりあえず、整えるというのは普通に考えればコンディションの事だろう。そこから何となく湯屋が連想されて、翌日の予定は決まった。ついでにこの後は書店か図書館にでも行くことにする。三宙のおすすめでもある半身浴について調べてみるのも悪くない。

     四季は濃い影の落ちる路地裏を抜け、煩いほどの賑わいをみせる繁華街を目指した。



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