ひと口ちょうだい【楓遙、龍遙、宗遙】ひと口ちょうだい【楓遙、かえはる】
「なぁ、そっちのケーキもひと口食べてみたい」
「ああ、ホラ」
ひと口分をフォークに取り、口元に運ばれる。あまりにも自然な流れでされて遙が目を丸くしていると「んだよ?」と楓は首を傾げる。
「いや、その……ココ、外」
付き合っているとはいえ、人目のある場所で「あーん」は恥ずかしいと伝えるも楓は不思議そうな顔をしたままだ。
「別によくねぇ? ホラ」
よくない。恥ずかしいって言ってるのに。言いたいことは色々あったが意外と頑固な楓だ、ここで問答をするより自分が折れようと、パクと差し出されたケーキをひと口食べる。
「どーよ?」
何食わぬ顔のまま味の感想を求められても、変に緊張したせいでよく分からなかった。なんて返そうか悩んでるうちに「俺にもそっちクレ」と言われたので仕返しと言わんばかりにひと口を口に運んでやれば普通に食べて「美味いな」なんて言っている。
(なんで俺だけが恥ずかしい思いしなきゃいけないんだ……)
悔しいとジト目で楓を見ていると、ピンとおでこを弾かれる。
「痛」
「顔、赤いぞ?」
「誰のせいだと……」
ため息をひとつこぼし、コーヒーを飲んでいると楓がなんで恥ずかしいと思わなかったのかが明かされる。
「葉月がさ。よく貰いにくるんだけど、当たり前のように食べさせちまうから感覚狂ったのかもな」
アイツのは餌づけって感じだし、周りも当たり前のように食べさせてたからなと言われてようやく納得した。確かに渚に「ひと口ちょーだい!」と言われたらなんの疑いもなく自分も与えてしまうし、逆に「食べてみてよ!」と差し出されたら食べてしまうだろうことが簡単に想像できた。
「平気な訳は分かった……けど俺には止めてくれ」
恥ずかしいものは恥ずかしい。人前でキスをするのと同じくらい。
「俺は別に、キスだって人前でしてもいいけどな」
身を乗り出して、遙の頬に軽く口付けを送る。
「バッ!!! 楓ッ!!」
顔を真っ赤にして頬を押さえる遙に対して涼しげな顔をして舌を出して「ごちそーさん」と笑うのだった。
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ひと口ちょうだい【龍遙】
気になる店があると連れて来られたカフェでそれぞれケーキとコーヒーを頼み他愛もない時間を過ごす。
龍司は学食ブログと同じようにケーキの写真もひと通り撮ってから食べ始める。遙もせっかくだしと自分のスマホで何枚か撮っておいた。
「評判どおり、美味いな」
「ああ、甘すぎなくてちょうどいい」
遙は季節のフルーツタルト、龍司は生クリームがたっぷりのロールケーキをそれぞれ頼んでいた。
「龍司さん、そっちもひと口食べてみたい」
「ん? ほら」
流れるようにひと口分を掬って遙の口元に運ばれる。
「え?」
「どうした?」
子供扱いなのか、外の人目のあるところでされると思わなかった遙が固まっていると落ちそうになったケーキを慌てて龍司が食べる。
「……外で、そういうのする人だったか?」
顔を赤らめてゴニョゴニョと口籠る遙をみて、ようやく分かったのか「ああ……」とつぶやいてニヤニヤと笑っている。
「すまん、完全に餌づけ感覚だった」
「餌づけ……」
自分だけが意識していたのかと思うとより一層恥ずかしい。悔しいと思いながら勝手に龍司のケーキをひと口分、自分で取って食べる。
「遙、俺にもひと口」
仕返しだ、と言わんばかりにタルトをひと口分取り、龍司の口元に運んでやる。
「あーん」
「ん」
「……普通すぎて悔しい」
「恥ずかしいと思わなきゃなんともねーよ」
それはそうなのだが、周りの目が気になってしまったのだから仕方ないだろと独りごちる遙だった。
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ひと口あげる【宗遙】
「宗介の、抹茶だったか?」
「おう。ひと口食うか?」
「もらう」
食後のデザートにと出されたアイスをひと口貰う。スプーンでひとすくいして口に運べば、抹茶の香りとほのかな苦味が口の中に広がる。
「うん。美味い」
「ハルのもひと口くれよ」
いいぞ、と遙も器を差し出そうとするもちょっとしたイタズラ心が働き、自分のスプーンで掬って「あーん」と宗介の口元まで運ぶ。
さて、どんな反応をするかな? 嫌がるかな? と言う遙の期待をよそに何食わぬ顔でパクりと食べられてしまった。
「ん、塩バニラだっけか? 甘さ引き立てて美味いな」
「ああ……」
「?? どうした?」
「別に」
自分だけが意識しているみたいでなんだか悔しい。と少し不機嫌になりながら残りのアイスを食べ進める。
「ハル、あーん」
「あ、ん……」
差し出されたので反射的に食べてしまったが、口の中に広がる冷たさとは真逆に遙の顔はだんだんと朱に染まっていく。人目のあるところで男同士で食べさせ合うって……どうなんだ?? と固まっていると宗介がクツクツと笑っている。
「自分からはじめておいて照れんなよ」
「て、照れてないっ」
「顔、真っ赤だぞ?」
アイスを食べているのに顔だけが異様に熱い。ほんの少し揶揄うだけのつもりだったのに特大のブーメランが返ってきてしまったと後悔する遙だった。