【気づいて／気づかないで】「ヅラ」「ヅラじゃない桂だ」


昔から 幾度となく繰り返される他愛無いやりとり
仲良いなオメーらよ
周りには そう思われていればいい


＊


「俺がお前の将になってやる」
「だから俺といるときは」
「お前はただのヅラでいろ」


＊


「ヅラ」

覚えてるんだろう本当は
わかってるくせに
こんなに呼びかけてるのに

何度も言わせんな


俺が そばに いるよ


＊


忘れるものか
あの言葉にどれほど救われているか
でも だめなんだ

「ヅラじゃない」

今はまだ ヅラじゃいられない
成すべきことが あるから

「桂だ」


＊


こんなに求めてるのに

本当の意味
お前だけは


【気づいて／気づかないで】

2021/8/23

【こたつ】「そろそろこたつを仕舞おうと思う」

いつも突拍子もないことを言い出すコイツは、いつものようになんやかんやで訪問するなりそう言った。

いや、お前、いつの間にやらそれこそ家族のように我が家に馴染んでるけど
ひとんちのこたつについて何言ってんの？？そんな権限あるとでも思ってんのか。絶対に許しませんよ

「お前達はこたつがあると際限なくぐうたらぐうたら…隙あらば横になるわ あわよくばごみ捨ても風呂もサボってそこで寝るわ、いい加減見ていられん。
ああー布団にシミがついてるじゃないか。どうせ洗濯もろくにしておらんのだろう。
もう三月になる、雪が溶けて川になって流れていくぞ。ほれ、もうすぐ春ですよ〜〜」
「やめろおお引っ張るな！いやだあああ出るもんかあああ」

あいおいてせんせぇ、と呼ぶ舌っ足らずな可愛い声が耳に届き、伊作は薬研を碾く手を止めて顔を上げた。

「やあ、いつものお使いだね」

常に開きっぱなしの戸に通じる土間に目をやれば、五、六歳程の幼子がじっと伊作を見上げている。
すっかりここの常連と化している子どもの目的は、今更問うまでもない。
伊作は薬研を脇にやって立ち上がると、注文の入った品を保管している棚に手を伸ばした。
両手のひらに一抱えほどの薬の入った布包みを取り、代金と引き換えに子どもの手の上にそっと優しく置いてやる。
手渡されたものをさも大事そうに抱え込み、ありがとうございます、と子どもがぺこりとお辞儀をした。
十日に一度、こうしてこの子どもは伊作から薬を受け取りにやってくる。