コインランドリー6 パワ子を連れてアキん家に遊びに行った。
今となっては、ちょっと後悔している。
アキとパワ子は会うなり意気投合して、ゲームで遊び始めた。
まあ、それはいーんだ。最初からそのつもりだったし。
でも、アキは俺と遊ぶよりも明らかに楽しそうだった。
今まで俺のレベルに合わせて手加減してくれてたんだな。全力出してあげれなくてごめん。
そんな事を考えているうちに、何となく寂しくなってトイレに立った。
なんでこんな気持ちになるんだろう。大好きなパワ子とアキが仲良く遊んでるのは、いい事だ。何の不満もねぇ。
別にクソしてぇ訳じゃねえけど、便座に腰掛けため息をついた。
それにしてもパワ子が俺ん友達と会って楽しそうにしてるのは珍しい。
いつもは値踏みするようにジロジロ眺めて、後で「あの男は駄目じゃ」とかダメ出しをしてくるのに。
もしかして……。
もしかして、パワ子はアキの事が気に入ったんじゃね?
もしそうなら、兄として妹の恋を応援してやんなきゃなんねぇ。
アキはイイやつだ。パワ子ともし結婚したら……。俺の本当の家族になる。そしたらこの先ずっとずっとアキとつながっていられる。
応援しない理由なんかなかった。でも、心の隅で嫌だ嫌だと叫んでる自分がいて。
「なんでなんだよ……」
心の整理がつかないまま、立ち上がった。
何も出なかったけど、遅すぎると心配させちまうかもしんねぇ。
リビングのドアを開けると、パワ子がアキの耳元で何かを囁いて、笑っている光景が目に飛び込んできた。
俺に気が付くとパッと離れたけれど。
……もうこれは決定的だ。きっと、パワ子はアキの事が気に入ったんだ。
アキはというと、何かを聞きたげな顔でチラチラとパワーに視線を送っている。
俺は打ちのめされたような気持ちで二人を見つめる事しかできなかった。
それから数日が経った。
仕事が忙しかったのは先週だけで、定時に上がれるようになった俺は、今週に入って連日アキの所に入り浸っている。
昼飯食って、二人でゲームをして。
そろそろおやつだなってくらいの時間に、何気なく話を振ってみた。
「……なぁ、アキ。パワーの事、どう思う?」
「どうって? ……そうだな。センスというか、ゲームテクニックが異様に高い」
「だよな。俺と遊ぶより楽しそうだったもんな。またパワ子ちゃん連れてきてやっからよ! 楽しみにしとけよなぁ」
まずは二人が会う機会を増やさなきゃなんねぇ。恋のキューピッドはつらいぜ。
そんな事を考えていたら、アキがムッとした顔をした。
「お前と遊ぶ方が楽しい。何か変な勘違いしてそうだから先に言っておくけど」
俺といる方が楽しいと言われて少し気分が上向く。
「あ……、ああそう? まあいいけどよぉ〜。そうだ、北海道いつ行く? やっぱ夏? パワ子も連れて……」
三人で北海道旅行に行ったら、絶対楽しい。
想像しただけでテンションが上がった。
そんな俺に、アキが昏い目を向けてくる。
「……俺と二人じゃ、嫌か?」
「嫌じゃ、ねーけど……でもさ、人数多い方が楽しいじゃん?」
本当は俺もアキと二人だけで行きてえよ。
……でも、今は良くてもこのまま何年も一緒に居られるとは限らない。環境が変われば他人との繋がりなんか、いとも容易く切れてしまう事を俺は知ってる。
だからきっと俺にとっても、アキとパワーが一緒になるのが幸せなんだ。
アキは不機嫌そうに黙りこくっている。
このままじゃ埒が明かねぇ。俺はストレートに切り出した。
「あのよ。あいつは俺の自慢の妹だ。ちょっとわがままな所はあるけど、心根は良い奴だからよぉ」
「……もしかして俺にすすめているのか?」
「おー、お前とパワーが結婚したら、俺達本当の兄弟になれるしな」
胸の痛みを隠してヘラッと笑うと、アキはあからさまなため息をついた。
「パワーの気持ちをお前は確認したのか?」
「してねーけどよ……」
「じゃあ一人で突っ走るな」
アキは少し寂しそうに見えた。
……そういえば、俺はアキとゲームで遊んでばっかで、真面目な話なんかしたことなかった。
毎日のように会ってるのに、俺はアキの事をちゃんと知らない。
多分、恋人はいない。いたら俺と毎日のように会うことなんかない。
でも……もしかしたら。
「なあ、アキ。お前は好きな奴とかいねーのか?」
「……いるけど」
「えっ? いんの? もしかして片思いってやつ?」
「ああ、そうだな」
それを聞いて胸がツクンと痛くなる。アキに、好きな人がいた。好きな人が──。
泣きたい気持ちをグッと堪えて、わざと明るく聞いてみた。
「告白しねーの?」
「……しない」
「なんで?」
「……望み薄だからな」
その時のアキの顔は本当に寂しそうだった。
アキにこんな顔をさせる女はどこのどいつなんだろう。コイツに彼女なんかできて欲しくねぇ。
でも、こんな悲しそうな顔をさせるくらいなら──。
「アキくらいかっこよかったら、絶対付き合えるって! 落ちねー女なんかいねえから」
こんな事言いたくもないのに、つい心にもない励ましが口をついて出てくる。
アキに恋人が出来たら、もうこんなに頻繁には会ってもらえない。
それは分かってる。でもアキには幸せになってもらいたい。自分でも何がしたいのか分からなくなってきたところに、アキが鋭い一言を発した。
「いいんだ、ほっといてくれ」
バシャリとキツイ言葉で話を打ち切られてしまった。
気まずい沈黙に空気が固まる。
……そっか。そうだよな。俺はいつもこうだ。他人との距離の取り方が分からなくて、踏み込みすぎて。
「ごめん……」
ただのゲーム友達のくせにプライベートに踏み込んでごめん。
アキの優しさにつけ込んで、毎日のように入り浸ってごめん。
アキの気持ちも考えないで、妹とくっつけようとしてごめん。
「……俺、今日は帰るわ」
「そうか、気を付けて帰れよ」
いつもならもっと引き止めるような事を言うのに。
靴を履き、振り返る。アキは見送りにも来ない。……俺、嫌われたかな。
「じゃあな」と声をかけようとして、やめた。
返事が返って来なかったら、泣いてしまいそうだったから。
だから、そっとドアを開けて黙って出て行った。
振り向かずにエレベーターのボタンを押す。
こんなに悲しい気分でアキん家から帰ることになるなんて、考えもしなかった。
それからしばらくの間、何となく気まずくてアキの家に行けない日が続いた。
電話……も、出来ない。メールも。
何を話せばいい? 何事もなかったかのようにシレッと他愛のない話をすればいいのか?
……アキからも何も連絡が来ないし、もしかしたら本当に嫌われちまったんかもしんねぇ。
そんな事を考えているうちに、一ヶ月もの間、会えない日が続いていた。
一ヶ月も会ってないと、流石に気軽に遊びに行けなくなる。アキ、元気にしてっかな。電話……してみようか。携帯を眺めていたらパワーから電話がかかってきた。
「デンジ! 元気にしとるか?」
「……おお、元気元気!」
本当は悩みまくっておかしくなってしまいそうだったけど。パワ子に心配させる訳にはいかねぇ。
「それは良かった。アキとは仲良くしてるか?」
いきなり核心を突いた質問が飛んできて、心臓が跳ねる。嘘をつくべきか迷ったが、正直に答える事にした。
「うーん、あんま会えてねーな。……一ヶ月くらい」「はあ? 一ヶ月? あんなに毎日のようにあってたヌシらが一ヶ月? それはおかしいじゃろ?」
パワ子は気が動転したかのように慌てだした。「もしかしたらチョンマゲ倒れてるかもしれんぞ。部屋で一人寂しく死んでたらどうするんじゃ⁉」
「落ち着けよ。パワ子、んな訳ねーだろ!」
「そうか? なぜそう言い切れる? ワシらの母ちゃんは事故でコロッと死んでしまったのをオヌシはもう忘れたんか? 人間はすぐに死ぬんじゃ!」
パワ子は悲痛な声で叫んだ。
そうだ。気まずいとか嫌われてるかもとか、悩んでる間にもう二度と会えなくなるかもしれないんだ。
元々コインランドリーで偶然会っただけの俺達なんて、元々赤の他人で。
アイツがあの部屋からいなくなったら、もう俺にはアイツに会う手段なんかねぇ。
「……俺、アキに会いに行ってくる!」
「そうじゃ、ダッシュじゃ!」
携帯を切り、ポケットに押し込んで慌てて一階へ降り、チャリに跨り全速力で漕いだ。
一分一秒でも早く会いたい。
コインランドリーの前にチャリを停めマンションの暗証番号を入力し、エレベーターに乗り込む。
そこに来てやっと頭が冷えてきた。
勢いでマンションまで来ちまったけど、本当に来て良かったのか?
最上階で降り、アキの部屋の前で立ち尽くす。あんなに毎日遊びに来てたのが嘘のようだ。
呼び鈴になかなか手が伸びない。
もし、開けてくれなかったら?
もし……。
色々考えれば考える程、勇気が出なくなってくる。
こうなりゃヤケだ。とりあえず何も考えずに呼び鈴を押す事にした。
「ピンポーン」と間の抜けた音がして、中からパタパタとスリッパの音が聞こえた。
……スリッパ? アイツ、そんなん部屋ん中で履いてたっけ?
「はーい、どちら様でしょうか?」
女の声が聞こえて、中から顔を覗かせたのは──。
「あっ⁉ ああっ?」
あの、コインランドリーで一度見かけたっきり会えずにいた、ピンク色した髪の美人だった。
「えっと、宅配業者の方……ですか?」
美人は首を傾げ、不審者を見るような目を俺に向けた。
「え、ここ、早川……」
部屋番号を見て確認し、うろたえる。
まさか、引越したのか?
「あ、はい。早川ですけど……」
可哀想に。美人は怯えたように扉を細めた。
「あ、あの、俺、間違えました。すみません!」
居たたまれなくなり、エレベーターに乗り込んだ。
一体、あの女の人は……。
その時、一ヶ月前に聞いたアキの言葉が脳裏をよぎった。
好きな人がいるのかと聞いた時に、いると答えた。
きっとアキが好きだったのはあの人で。この一ヶ月の間にアキが告白して付きあう事になったんだ。
……片思いが実って良かったな、アキ。
エレベーターが一階に着いた時には、俺の目からは涙が溢れていた。
すれ違ってエレベーターに乗り込む人がびっくりしたように俺を見る。
見んなよ。チクショウ。なんでこんなに涙が溢れて止まらねーんだ。
コインランドリーに停めていたチャリを押して、トボトボと歩き出すと、今までの楽しかった思い出がよみがえってきた。
メロンの種ワタを食わせてもらった。
美味いメシも、沢山一緒に食べた。
そういやアキに教えてもらったラーメン屋、すげー美味かったな。
それから、ゲームも沢山教えてもらった。
あと、一緒の布団で眠った。いつも俺の方が先に眠っちまうせいで、アイツの寝顔は見れないままだったな……。
止めどなく頭ん中を流れてくるアキの顔が、もはや懐かしい。
俺、もしかして……。
アキの事……。好きだったんだ。
そうだ、なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだ。俺は馬鹿だ。パワーをすすめてみたり、告白をけしかけてみたり。
……もう、アキには会わない。だってもうアキはあの人のものなんだ。会うと余計につらくなる。
まさかあの憧れの人が、アキの好きな人だったなんて。
「俺、絶対勝ち目ねーじゃん……」
家に帰るなり、布団に潜り込んでわんわん泣いた。これが俺の初恋で、初めての失恋だ。
馬鹿みてえだ。本当に馬鹿みてえだ……。
その時、ポケットの中の携帯が鳴った。
この着信音は、アキだ。
俺はノロノロと起き出し、もう会わないと心に決めた相手の名前を、どこか他人事のように見つめていた。