コインランドリー(仮)「あーあ、すげぇ汚れちまったなぁ……」
俺は脱いだばかりの作業着を見つめた。
前も後ろも油汚れがべったりと付いちまってる。
これを明日も着る気にはなれねぇ。仕方なく近所のコインランドリーに行くことにした。
「替えの服も支給されてねぇっておかしいよなぁ。何なんだあの会社はよぉ〜」
一人でブツブツ文句を言いながら作業服をビニール袋に入れた。
「……っと、もったいねーから他の洗濯物もついでに洗うか」
洗濯機から溜まった下着類を取り出し作業着の上からぎゅうぎゅうと袋に詰める。
そして颯爽とチャリンコに跨った。
コインランドリーへはチャリをちんたら漕いで五分。その途中にある激安自販機でジュースを買う。
ボタンを押した後スロットが揃うともう一本ただでもらえる、その遊びを俺ァ密かに気に入っていた。
「444……3、かよぉ〜! どうせ外れんなら初めから期待させんなっつーの」
スロットが過去一回だけ揃った時に、コインランドリーで一度だけ遭遇した事がある、濃桃色のキレイな髪のお姉さん。スロットを回すたびにまた会えねーかなと心のどこかで期待してるけど、あれから見かけることはねえ。
軽くため息をついてからジュースを背中のリュックに放り込み、タラタラとコインランドリー目指して漕ぎ始めた。
コインランドリーはガラガラだった。
お姉さんがいないのはまあ当然として、誰もいないのはラッキーだ。
洗濯が終わるまでの間、好きな雑誌を思う存分読みあさる事ができる。
「今週のジャン○読めてねーんだよな。あ、あったあった」
目当ての雑誌を確保してから一番小さなサイズのランドリーの蓋を開ける。そこにポイポイと洗濯物を放り込み、小銭を入れ洗濯物が回り始めるのを確認してから、キンキンに冷えたジュースのプルタブをカシュッと指でこじ開けた。
漫画を読みふけっていると、自動ドアが開いた。チラッと確認して視線を雑誌へと戻す。
(なんだ、男かよ)
このコインランドリーを使うようになってから、たまに見る顔だ。
妙に整った顔立ちの背の高い男。肩まである長い髪を無造作に下ろしている。
さぞかしおモテになるんでしょうなぁと言いたくなる雰囲気をプンプン振りまきながら、俺の使っている隣のランドリーを使い始めた。
男は近所なのかスエットスーツにサンダルといった軽装で、手には濡れた傘を持っている。
……ん? 傘?
ふと外を見るとどしゃ降りの雨が降っていた。
「げぇ〜! マジかよ、めちゃくちゃ降ってんじゃん……」
独り言にしてはデカい声が出てしまった。
「……お前、傘持ってきてねぇのか?」
男が俺にタメ口で話しかけてきた。
それに敬語で返すのもどうかと思い、俺もタメ口で雑談に付き合う。
「おー、持ってきてねぇ」
「天気予報で言ってただろ」
「俺、天気予報とか見ねぇもん」
多分、お互い存在は認識していたと思う。でも話すのは初めてだ。しかしなぜだか初めて話す気がしない。
本当に初めてだっけ? 思い出せないだけで、以前にもこうして話した事があるんかも。
「朝メシ食う時にテレビ付けないのか?」
「俺、テレビ持ってねーし」
「……そうなのか?」
「なんだよ。持ってねーと悪いんか?」
俺が唇を尖らせると、奴は苦笑した。
「いや、そうじゃねえけど……。それは、テレビが嫌いで持ってない、とかか?」
テレビが嫌いって、どんな思考回路だよ。
「欲しいけど高えから買えてねーだけだ。なんでそこに食い付いてくんだよ」
んな贅沢品、買えるもんなら買いてーよ。
しがない安月給の肉体労働者の俺にはそんな余分な金なんかねぇ。彼女もいねーし、パソコンもなければ目の前の男みたいな特別な容姿もない。 外は大雨だってのに傘もない。ナイナイ尽くしだ。
もう会話は終わりだ。俺はプイと男から顔を背けた。
「……なあ、テレビなんだけど」
「はいぃ?」
まだ話しかけてきやがる。俺は男を睨み付けた。
「安くで譲ってやると言ったらどうする?」
「何、売ってくれんの」
俄然興味が湧いてきた。
「最近買い替えたんだよ。古いテレビだったから下取りもしてもらえなくて。リサイクル料だの何だの取られるくらいなら誰か欲しい奴に譲ろうと思ってたところだ」
「マジかよ。んで、いくらにしてくれんの」
まさかこんな棚ぼた式でテレビがゲット出来るとは思ってもみなかった。
「とりあえず見に来るか? 隣のマンションに住んでるんだ」
へ〜、隣のマンションって、なんかすげぇ高そうなマンションじゃん。
金持ちか。このブルジョアジーめ。
でもまあテレビを譲ってくれるというなら話は別だ。
「お〜、行く」
洗濯はまだ終わらない。俺達はグルングルン回るランドリーを放置し、外へと向かった。