第17回悠五版ワンドロワンライ「虹」 窓に叩きつけるような雨音で虎杖は目を覚ました。
「うーわ、外すごい雨……っと」
見て先生、と声をかけようとして振り返ると、五条はくったりとベッドに突伏して寝てしまっていた。
そうだったと先程の行為で気を失った五条の目元に残った涙や額の汗をタオルで拭って、やわらかな髪を指先ですこし遊びながら、その寝顔をしばらく堪能する。ピクリとまつ毛が動いて、ゆっくり目を開けた。
「悠仁、虹を見に行こう」
「へ」
「夕立でしょ? きっと虹が出るよ」
いたずらっぽく笑いながら、ほらほらと急き立てるようにベッドから離脱するよう虎杖を追い立てる。
虹の出る場所なんてわかるものだろうか。虎杖は疑問に思いつつも「それはいいけど」と賛成して、わずかに言いよどんだ後、年上の恋人にひとつお願いをしてみることにした。
「とりあえず一緒にシャワー浴びたい、です……」
*
「っわー! すっげーね先生っ」
足元はるか下に広がるのは高専の広大な敷地だ。五条の術式で上空に連れてこられた虎杖は、普段生活している高専の建物を眼下に眺めあれは寮、あれは教室棟……と楽しげにしている。
以前富士山頭の特級呪霊との戦闘を見学したときとは違い、五条の小脇に抱えられるスタイルではなく今回は手をつないで維持してもらっている。
「ほら、悠仁」
指をさす方向へと顔を向けると、そこには言ったとおりに虹が架かっている。
「ほんとだ、虹……」
くっきりと色が出た虹に感嘆の声をあげながら虎杖はぽつりと漏らした。
「俺、虹って好き」
五条も虹を見ながら、虎杖のつぶやきにうん、と続きを促すように応えた。
「ほんのちょっとの角度の違いで見られるかどうか決まっちゃううえに、すぐ消えるし。同じ虹は二度と出なくってさ。特別な感じ。だから今、先生と一緒に見られて、すごくうれしい」
「僕、悠仁にはさ、きれいなものたくさん見て美味しいものたくさん食べてほしいんだよね」
「なにそれ」
「悠仁がかわいくて仕方ないってこと」
「……なにそれ」
ふ、と微笑んで空色の双眸が柔らかく見つめるのを感じながら、虎杖はわずかに胸が疼くのを感じた。
――さっきまで自分の下でさんざん可愛い顔してたのに。
恋人の顔から急に大人の顔をする五条にほんの少しの苛立ちを覚えながら、けれど五条にぶつけるわけにもいかず虎杖はただ握った手を強く握り返して、一語ずつ確認するかのように発した。
「先生、俺早く大人になりたい」
「うん」
「早く大人になって追いつくから」
「それは難しいかなぁ」
僕もこのままじゃないからねと混ぜっ返す五条に、虎杖はぐいと腕を引っ張り顔を寄せた。
「……絶対に追いつくから」
その鳶色に宿した獰猛な光に五条はぞくりと背筋を震わせ——笑みを浮かべた。
「待たないよ」
「上等」
途端に二人して吹き出して笑い合う。途中うっかり手を離した虎杖を五条がのんびり回収した以外は手を繋いだまま。
*
「虹。消えちゃったね」
帰ろうか、と改めてつないだ手に力を込めて地上に降りていく。虎杖が一歩先に五条から離れて着地したところで、背後から五条の声がかかった。
「待たないのは本当。置いてくからね」
虎杖は応、とこたえて虹の消えた空を仰いだ。