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    つーり

    スローガン"杉ㇼパウオラㇺコテして"
    原稿の進捗ポイ置き場のつもりで使ってますがそのうち色々置き場になるかもしれない。

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    つーり

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    杉リパ白SS「手の中の光」
    またもや函館騒動後の病院妄想話。今回は白石視点。ほぼ杉元と白石の会話ですが、杉リパと言い張りたい……。杉石コンビもいいですよね。

    #杉リパ白

    手の中の光 どたん、ばたん、と歩く度に大きな音が立つ。古い木目の床を、陽気な足取りでふらふらと歩く。廊下ですれ違う人々の顔が明らかに怪訝そうだが、そんなの構いやしないとばかりに鼻歌なんかも歌ってみせる。静かな病院の中では、場違いなほどの賑やかさだ。
     先ほどまで花街やら飲み屋やら思うままに足を運んだ余韻が抜けず、それに比べてなんてしみったれた場所なんだと、内心どうしようもないくだを巻く。それでもこうしてここへ寄るあたり、我ながら律儀である。そう思うと、また鼻歌の調子が上がった。飲みかけのとっくりを片手で担ぎ直すと、酒がちゃぷんと返事をする。足が浮くような高揚感を味方につけて、白石由竹は病院の中を悠々と歩いていた。数日に一度は、ここへ顔を出すようにしている。
     似たような部屋ばかりがずらりと並んでいるため、訪れる度にどこだっけ、と探す羽目になる。片っ端から部屋の中を覗き込み、入院中らしき人々の顔をぐるりと見ては、また廊下へ引っ込む。これを繰り返していけば、そのうち"当たり"を引くだろう。そう思っていた矢先、お目当ての人物の姿を見つけたものだから、白石はにへらと口角を上げる。

    「おお、いたいた! ここだったか」
    「白石」
    「ぃよう! 見舞いの品持ってきたぜぇ」

     顔と身体にぐるぐると包帯を巻き、病衣を身につけてベッドに座る男──杉元佐一は、白石に気づいて顔をあげる。白石は得意げに片手をひらりとあげると、そのままずかずかと部屋に踏み入る。しかし歓迎するような雰囲気はなく、杉元はむしろ訝しそうに眉間にしわを寄せた。鼻をひくりと動かし、白石が手に持っているものを見て、さらに顔をしかめる。

    「おい、酒くせえな! 病室に持ってくんなよそれ」
    「まぁまぁ、辛気臭ぇこと言うなって。酒は百薬の長っつーだろ?」
    「お前が飲みたいだけだろ」
    「へへ、バレた?」

     白石がわざとらしく肩をすくめてみせると、杉元は長いため息をついた。それ以上咎めの言葉が飛んでこないのをいいことに、白石は部屋の隅に置かれている椅子に手をかけ、ガタガタとベッドの側に引く。
     函館のあの騒動から早ニ週間。互いに海水でずぶ濡れになりながら、この病院に転がり込んでもうそれほどの日が経っていた。満身創痍で息も絶え絶えに、大きすぎる病院はだめだ、もっと街外れの場所にしろ、と頑なに意地を張るものだから、へとへとになりながら谷垣と共にこの男をここまで運び込んだのを覚えている。
     実を言えば、傷の具合などそれほど気にかけてはいなかった。ここでくたばる男なんかではない。それよりも追い討ちの方が遥かに恐ろしい。戦力なんて皆無に等しい今の状態で、鶴見達に追って来られる方が困る。そうなると、今度こそ勝ち目がない。杉元を治療室に放り込むや否や、あとは谷垣とアシㇼパに任せて、白石はすぐに病院付近の見張りに専念した。
     次の日には、負傷した第七師団の兵達がどの病院を利用しているか探り当てた。あの日の出来事が、新聞でどう報道されているか記事も掴んだ。そうして周到に情報を集めつつ、白石は第七師団に怪しい動きがないか入念に見張っていた。幸いにも、杉元とアシㇼパの居場所はあちらに気づかれていないらしい。
     数日に一度は杉元のいる病室に顔を出し、回復の様子も見ながら、情報収集の資金をアシㇼパからねだる。そうして順当に二週間が過ぎた。白石が危惧していたことは、まだ起こっていない。第七師団が周辺を嗅ぎ回っている噂も流れてこない。当初の懸念も徐々に薄まりつつある。それでも白石は余念なく情報収集に徹していた。今日もその帰りである。決して名ばかりではない。そう、決して、酒と遊びに明け暮れているばかりではない。
     ぎしり、と椅子に腰掛け、白石は背もたれに寄りかかる。酒気を帯びた息を機嫌よく吐き出し、名目だけの見舞い品を窓辺に置こうとしたところで──不可解なものが視界に映り、思わず手を止めた。白石は窓辺をじっと凝視する。どこか変だ。違和感がある。

    「……なんだこりゃ?」

     窓辺にゴミと思しきものがずらりと並んでいる。しかも妙なことに、一つ一つ間隔を空けて置かれているものだから、それも相まってさらに興味が惹きつけられる。何かしらの意図があって置かれているのだろうか。白石は顔を近づけ、ゴミらしき物体をまじまじと確認する。
     よく見ればゴミではなかった。最初に視認できたのは、蝉の抜け殻だ。背から尻にかけぱっくりと割れた見事な抜け殻が、窓辺にころんと転がっている。それだけではない。隣を見ればカマキリの卵もある。葉の茎に産みつけられた卵は、ふんわりと綿飴のように丸い。その隣には青い蛹、さらに隣には葉でくるりと巻かれた何か、卵とも蛹とも似つかない不思議な物体の数々が窓辺に並んでいる。どれも外から拾ってきたようなものばかりだ。
     一瞬ぎょっとしてしまう光景だが、等間隔に並べられたそれらは、まるで展示物のように見える。拾った宝物を見てほしい何者かが、こうして並べて置いたのだろう。そんな無邪気な仕業を思えば、少し微笑ましくなる。

    「おいおい杉元、暇を持て余してるからって、その辺の野良猫手懐けるなよ」
    「ちげーよ。アシㇼパさんが持ってきたんだよ」

     猫の子に相当懐かれたのかと思いきや、知った名前が挙がるものだから、白石は眉をひそめる。

    「はぁ? 何で?」
    「俺が退屈しないように、ってさ」
    「はぁ……」

     腑に落ちない返事をすると、呆れたような眼差しが向けられる。理解が追いついていないこちらの方が、まるで変な者みたいな扱いだ。
     杉元がくいっ、と顎を動かす。促されるまま窓の向こうに視線を移すと、アシㇼパの姿があった。アシㇼパがいる場所は、どうやら病院の庭のようだ。
     ひらけた庭は草木の手入れが行き届いていて、さっぱりと清潔感がある。色とりどりの花があちらこちらで咲いていて、小さな庭園を思わせるような可愛らしい庭だ。とりわけ目立つのが、その庭の真ん中にそびえ立っている大きな木だ。開業記念か何かで植えたものだろうか。庭の真ん中を占領することを許されている大きな木は、枝をめいっぱい空に広げ、茂った葉をさわさわと風になびかせていた。
     開け放たれた窓から、薫風がそよりと流れ込む。午後のとろりとした日差しが、庭にたっぷりと注ぎこんでいる。光の溜まり場のような小さな庭の中で、アシㇼパは先ほどからずっと木を見上げている。

    「ほら、あそこ。クワガタ捕まえようとしてるんだよ」
    「クワガタ? どれどれ」

     白石が窓辺から身を乗り出す。しかし、葉でこんもりと覆われている木の上部は、ここからだとよく見えない。アシㇼパに声をかけようと思ったものの、あまりにも真剣に木を見上げて捕獲の作戦を練っている様子が見て取れるため、邪魔しちゃ悪いな、と心の声が咄嗟に降ってくる。

    「とびきりでけえのが上にいるんだとよ。それを捕ろうと頑張ってる最中」
    「アシㇼパちゃんはほんと世話焼きだねぇ」

     白石は椅子に腰掛けると、再び窓辺に置かれているものに目を向ける。見る人を選ぶものばかりだが、どれもちょっとだけ珍しくて興味をそそられるようなものだ。

    「で、こういうの貰って嬉しいわけ?」
    「まぁ……見てて飽きないし」
    「……ふぅん」

     容易に想像がついた。見ろ、と誇らしそうに持ってくる少女の弾けるような笑顔と、見せて、とベッドから体を起こして優しく微笑む男の笑顔。そんなやりとりを重ねていくうちに、いつしか窓辺が小さな展覧会の会場になったという次第だ。
     白石は目線をちらりと動かして、目の前の男の表情を盗み見る。案の定、穏やかな眼差しをアシㇼパに向けている。燦々と陽光が差す明るい庭にいるアシㇼパを、杉元は目で追っていた。光を遮られた病室の、畳まれた影の中から、ひっそりと静かに、行儀良く──。
     白石の中で、ふつ、と何かが沸いた。ふいに去来した感情は、むしゃくしゃと熱を孕んでいる。
     無性に気に食わない。鼻につく。腹が立つ。そう思った瞬間、口は勝手に動き出し、気づけばするりと言葉が滑り出ていた。

    「──杉元、お前とっとと治っちまえよ」

     庭を見ていた目線が、ゆっくりとこちらを向いた。光に照らされていた双眸が、すうっと影の中に溶け込む。不思議なものを見るかのように、杉元の瞳がひたと白石をとらえる。
     苛ついた。視界に映る何もかもが、生まれ出た苛立ちをむくむくと掻き立てる。病衣をまとったその姿が気にいらない。消毒の匂いで満ちた部屋も勘に触る。遠いものを見るような儚い眼差しなんて、今すぐ胸ぐらを掴みたくなる。
     全部が全部、この男には一つも似合わなくって、あの少女の寂しさと憂いを誘発するものばかりだ。

    「ここでぼんやりあの子を見てるなんて柄じゃねえだろ? こういう時隣に行って、手を伸ばしたり肩車したりなんだりして、一緒に捕まえるのがお前だろうよ」

     らしくない、と思った。どうしようもなく、自分らしくない。しかし、胸中の温度は確かにふつふつと上がっている。
     不安と悲しみに満ちた少女の顔を、一体いくつ見てきたと思っている。こういう時決まって隣には自分しかいなくて、それでも小さく震える肩にぽんと手を置かなければならなくて、その時一体どれほど勇気がいると思っている。逃げも隠れも取り柄としてきた脱獄王が、一体どうして自ら枷を手放さないでいると思っている。
     ままならない状況だと理解しきっていても、言わずにはいられなかった。虫取り少女と化したアシㇼパの、庭の収集物に手放しで喜ぶばかりでいいのか、と内心思う。ちったぁ悔しくないのか、あの子の隣あんなにすっかすかだぞ、いいのかお前、見てるだけでいいのかよ。食ってかかるような面持ちで、白石は正面の男を見据える。すると、そんな白石とは裏腹に、杉元は落ち着いた様子で言葉を返す。

    「……だよな。俺もそう思う」

     涼やかな声だった。存外にあっさりと切り返され、肩透かしを食らったような気分になる。こんな素直に同意を口にできる男だったか。吹っ掛けた側だというのに、早々に返す言葉が見つからない。
     杉元は薄く笑みを浮かべると、また庭の方へ目をやった。よく見れば、その横顔は慈愛や切望といったような類いのものではなかった。顔の三分の一ほどを覆う包帯で分かりにくいが、随分と諦めの悪い顔をしている。陽光を透かした瞳の中で、光が炎のようにちりちりと燃えている。瞳の色素が薄いと、どの対象をとらえているか容易く分かる。焦げつくような意思と熱を乗せた視線は、側から見ているこちらまでもが、背を炙られているような感覚に陥る。
     白石は呆気に取られたように、しばらくその光景を眺めていた。やがて、脱力したように息を長くつくと、己の坊主頭のしょりしょりと撫でる。
     ──まぁ、酔っ払いのお節介を二度も受けるような男じゃねえよなぁ、さすがに。
     人の本質を見抜く器量はそこそこあると自負していたが、今回は読みが外れた。むしろ一杯食わされた。でもそれでよかった。この男は、自分の行くべき先を見失わずにいて、こうして自由に動けない今も、本来いるべき場所へ体が向いている。それを知ることができたから。
     のびやかに吹き抜けた風が、庭の草花を揺らしていく。窓辺に置かれている蝉の抜け殻が、風に吹かれてころりと向きを変える。どこからか持ってきた長い棒を片手に、木の根元をうろうろと歩くアシㇼパを見て、白石は口元を緩ませた。ご尤も、確かにこれは見ていて飽きない。

    「よし、賭けよう! アシㇼパちゃんがあのクワガタを捕まえられるかどうか」
    「いいぜ。俺は、ぜっっっ……って〜〜〜捕まえる方に賭ける」
    「おーおー、言うねぇ」
    「白石はどうなんだ?」
    「俺ぇ? そりゃあ……ぜっっって〜〜〜捕まえる方に決まってる」
    「賭けにならねぇじゃねえか」

     だよなぁ、そうだよなぁ、俺もそう思う。腕を組みながら白石が大真面目に返答すると、意外にも笑い声があがった。狙ってとぼけた訳でもないのに、当人は大層お気に召したらしい。
     つくづく、この男の笑いの壺が掴めない。それでも、こういう時は下手に言葉を乗せず、気の済むまま笑わせてやればいいと踏んでいるから、白石は黙って庭先に目をやる。介入せずとも、明るい声が勝手にぽんぽんと湧くなら、こちらとしても都合がいい。じきに部屋の中は静かになり、二人は揃って庭の見物にいそしむ。
     ふわん、と窓辺のカーテンが風を受けて膨らんだ。温かな風が流れ込み、その度に部屋の空気がめくれていく。いよいよ夏本番。光に手を引かれる燦然たる季節の到来。開け放たれた窓が、やけに大きく風景を切り取っているように見える。その鮮烈な眩しさに、白石は思わず目を細める。
     緑と光の充実。辺り一面に明るい兆しが息づいている。そこからお裾分けされた一部が、病室の窓辺でひっそりと輝きを放っている。

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