友達金田一が帰っていたらしく、国見と3人で飯を食いに行くことになった。
国見が予約してくれたのは、とある割烹料理屋の個室だった。前に3人で集まった時は、酔っ払ったおっさんの声にかき消されて会話もできない大衆居酒屋チェーン店だったのに。
そう言うと国見は「お前がいるのにそんなわけにいくか」と面倒くさそうに言った。
「俺?なんでだ」
「自覚しろよ有名人。お前そんなんで週刊誌とかに撮られねぇの?」
国見の呆れた声に、金田一が苦笑しながら言う。
「一回撮られてたよな?渡伊前に、熱愛か!?っつって」
「ああ、美羽といるところ撮られた」
「え?美羽さんって影山の姉ちゃんじゃないの?」
国見と金田一が酒とつまみを適当に頼んでくれるので、俺は目の前にあるものをただ食べるだけだった。
「お前、なんか飲む?」
首を振ると「じゃあ後、烏龍茶一つ」と言いながら「一応お猪口3つください」と金田一が付け足す。
「お姉さんと影山、顔も似てんのになぁ。家族のこと話さないから……いや場所が都心のデートスポットだったからか?」
金田一が煮付けの小骨を丁寧に取ると、すかさず国見がほぐした部分を奪い取っていく。慣れた様子で金田一は気にもしていない。
流れるように運ばれてくる料理を食べながら、お互いの近況、共通の知人の話題、仕事のことなんかを話した。
俺は日向を含めた4人でビーチをしたのが最後だったが、様子や会話の内容から察するに2人はよく会っているようだった。
国見に最近甥っ子が生まれた、という話をしている時、金田一がさも会ったことがあるような口ぶりだったので「会ったことあんのか?」と聞いた。純粋な疑問だった。金田一はぴたりと動きを止め、国見は箸を止めて顔を上げて俺の顔を見た。
「ああ……帰省した時に遊びにいった」
「結構頻繁に帰ってきてんの?」
「まあ、月に数回くらいだけどな」
多いな。そして帰省の折に友人の甥の顔を見にいくなんて相変わらずマメだ。何かコリコリとした歯応えの酢の物を食べながら思ったことを口にする。金田一は「そうか?」と少しだけ苦笑を浮かべた。
「影山は今実家に戻ってんのか?」
「いや、実家は今美羽が子ども連れて戻ってるから、ルームシェアしてる」
「お前もおじさんになってんじゃねぇか」金田一が笑う。
「つーかルームシェアできる相手なんかいたんだ、お前」
国見の言葉に金田一が「コラ」と軽く小突いた。
「仲いい先輩の家、部屋が余ってたから借りてる」
俺の言葉に二人は同時に顔を上げた。
仲のいい先輩なんていたんだ、とでも言いたげな顔だった。失礼なやつらだな、と思ったが中学当時のことを考えると無理もないのかもしれない。
俺と仲良くできる人間に興味があったのか、そこからは「その人は他人との同居に慣れてる人なのか?俺が生活に突然入ってくることで障害はなかったのか」といった菅原さんに関する話題が続いた。
「誰かと一緒に住んだことはないらしいけど、誰とでも仲良くできる人だからな……あ、でも最初ひとりごとがすごかった」
「……言ってやるな、一人暮らしが長いと独り言が増えるんだよ」
「金田一も結構ブツブツ言うよな」
国見の茶々に、「うるせえな」と金田一が照れる。そこでまた俺は説明のし難い違和感を覚えた。その違和感を呑み込む前に、菅原さんの性格などを聞かれ、答えていくうちに2人は「なら平気そうだな」と言う顔になってきた。
「でもわかんねぇな。真面目で陽気でふざけてるってどんな人よ」
「……ときどき家で、ニジュウ?のダンスとか恋ダンスとか踊ってる」
「いまさら恋ダンス……?」国見が怪訝な顔でボソリと呟く。
焦ったような様子を見せたのは金田一だった。
「え?先輩って女か?俺、男だと思って聞いてたんだけど」
「男で合ってる。高1の時、同じポジションだった」
「ん……?及川さんが“爽やかくん“とか呼んでた人か?」
「え?なんだそれ知らねぇ……初耳なんだけど」
顔を顰めて問い返すも、2人は顔を合わせて想像している人物像を擦り合わせており、俺の言葉は聞いていなかった。
「なんか優しそうな感じの人だろ、恋ダンスとか踊りそうなタイプには見えないけど」
「ちょっと色素薄い人だよな?全体的に白!って感じの」
「おお、多分その人……だと思う」
一瞬間を置いて、「ああ〜……」と呟いた二人の声は、「想像していた人物と一致した」と言うよりは「あの先輩ならなるほど納得」の響きが強い。
「まあ、うまくやってんならよかったな」
ルームシェア相手が判明してスッキリしたのか、最後はそんな雑な締め方だった。
デザートを食い終えた後、金田一が手洗いに立った。国見はお茶を啜りながら勝手に金田一の皿からわらび餅を奪い取って食っている。
「金田一って国見の家に泊まってんのか」
先程2人が電車の時間を調べてあれこれ言っていたのを思い出してそう訊ねる。国見はあっさり頷いた。
「そうか」と応えると、国見が続けた。
「俺たち付き合ってるから」
「え?」
突然明かされた関係に、湯呑みを掴もうとする手が止まった。一瞬、頭から全ての思考が抜けたような感覚だった。なんと答えればいいのかわからず、しばらく黙り込んだ後「そうか」と言った。
「引いた?」
国見の態度は堂々としていた。たとえ周囲がどんな反応をしようと知ったこっちゃないと言わんばかりの顔だった。俺の反応を見て、面白がっているような節すらあった。
「いや、別に引かない」
「あっそ」
「いつから付き合ってんだ」
「高校ん時」
その瞬間、脳裏に様々なシーンが蘇った。試合時、ネットを挟んで対峙していた金田一と国見。たまたまバッティングした合宿時に並び合って朝食を摂っていた金田一と国見。大浴場でダラダラと話をしていた金田一と国見。「金田一先輩と国見先輩は異様に仲がいい」と噂話をしていた青城の1年らしき後輩達。休日の仙台駅でまたまた会った私服姿の金田一と国見。ビーチバレーをする金田一と国見。走馬灯のように、という表現は多分これを指すのだろうと思った。走馬灯が何なのかはわからない。あとで菅原さんに聞こう、覚えてたら。
金田一が部屋に戻ってきた。その音に驚き、ビクリと体が震えた。金田一を見上げる。言われてみると国見を見る視線が、どこか優しげな気がした。
「お前、全部食ってんじゃねぇかよ〜」と自分の皿を見て苦笑する金田一の声も、心なしか甘やかに響く。
金田一は国見と俺が何も言わないのを見て動きを止め、俺たちの表情をみて全てを察したような顔をした。
「なんか、悪いな……」
「いや……」
「そのうち話そうとは思ってた」
「ああ」
店の前で俺たちはそんな会話をした。金田一は少しだけ気まずそうにしながら、隣でニヤニヤと笑う国見の背中を叩いた。
「その、幸せになってほしい、と思ってる……」
なんとか俺がそういうと、国見も金田一も、同時に吹き出した。
並んで去っていく2人の後ろ姿を見送りながら、俺は無性に菅原さんの顔が見たくなって電話をした。
俺が外で食べてくると知った菅原さんは「じゃあ俺も飲んでこよ」と言って出て行ったのだ。菅原さんはすぐに出てくれた。迎えに行くと言うと「え?いーよいーよ、俺今日はそんなに酔ってないよ」と慌てた。
それでもしつこく店の場所を聞き出すと、菅原さんは笑って教えてくれた。
「じゃあそろそろお開きにするわ。店の前で待ってるな」
「はい。あ、菅原さん」
「んー?」
「走馬灯ってなんすか?」
「え?今?走馬灯ってのは……え?今?」
「後でもいいです」
電話を切って、走り出す。夜の街並みがイルミネーションに彩られて、まるで俺の知らない世界にいるみたいだった。
終わり