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    koshikundaisuki

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    12/12 影菅アドベントカレンダー

    #影菅
    kagesuga

    ぬいぐるみ半日練習の後、昼過ぎに帰るとまだ菅原さんはパジャマ姿だった。
    「いくらなんでも……」と言うと「違うんだよ」と言い訳をする。大人しく聞いてみれば、新しいパジャマがあまりに着心地がよくて、着替えずにゴロゴロしてたら三度寝をしてしまい、気がつくと昼を過ぎていた、という話だった。
    「何が違うんですか」
    「違うんだって……」
    菅原さんはそう言いながらも「まあ何も違わないんだけどな」という顔でソファに横たわっていた。
    「このままでは何もしない日曜日になってしまう」
    ならばひとまずソファから起き上がればいいのに、と思うが菅原さんは「どうしよ……」と言いながら動こうとしない。部屋で着替えをしていると、菅原さんの間延びした声が聞こえた。

    「影山、IKEA行かない?」
    「IKEA?このタイミングでですか?」
    「下調べっていうか、インテリアのイメージ掴むのにいいべ!ついでにごはん食べる」
    「いいですけど……何も買わないでくださいね」
    「そんな……スーパーに子ども連れていくお母さんみたいなこと……」

    IKEAに行くのはいい。あそこに行くと菅原さんの物欲が狂うのが嫌なのだ。






    「IKEAってさ、本物のモミの木売ってくれるんだって。クリスマスツリーとして」
    「へえ」
    「来年は俺もモミの木買いたい」
    入口に踏み込んだ時点でこれなのだ。
    「大変なんじゃないんですか、本物は」
    「でもアガるべ」
    「そもそも今までツリー飾ってたことないでしょう」
    「え。じゃ今日買う?」
    「買わない」



    色とりどりの家具の間をただブラブラと歩く。菅原さんはキョロキョロしてはめぼしい家具を見つけるとすぐに近寄って触ったり座ったりした。
    「ソファってどういうのが好き?」
    「ソファ、今の持っていかないんですか?」
    「あそこで寝すぎて俺の形に凹んできたから心機一転変える」
    「なら人も呼べるようにデカいのにするとか」
    「あ、じゃあこれは?5人掛け!L字!これなら日替わりで場所変えて寝れる」
    「ソファで寝ないでほしい」
    あれもいい、これもいいと転々と座り心地を確かめていく菅原さん。もし俺が店員なら本気でソファを探している人なんだな、と思う。
    「今日買わないですよね?」
    「え、買わないよ。まだ部屋のトーンも決めてないし」
    「トーンてなんですか?」
    「何とかスタイル、みたいなのあるべ?アメリカンスタイル、北欧スタイル、モダンスタイル、みたいな」
    菅原さんはさながら自宅のような寛ぎ具合を見せながら、スマホでインテリアの実例集を見せてくる。
    「影山はどういうのがいい?」
    「うーん……」
    「おすすめはねー、これ!西海岸スタイル」
    「サーフィンやらないです」
    「流木の代わりにダンベルを飾ろう」
    「壁に……?」
    この店にはただ家具が置いてあるだけでなく、ひとつの部屋を想定し、家具をトータルで展示している。
    菅原さんは両手を広げ、「もういっそこれを丸ごと買いたい……」と呟いた。
    「トータルで買ったらこれだけですって」
    「へぇ~値段全部出してんの便利」
    しかし、部屋と値段が書かれたパネルをじっと見つめ、この部屋にするためにどれほどのインテリアや小物を買わなければならないのかを判断した菅原さんは、「まあ、おいおい決めるか!」と言ってその場を立ち去った。
    その後もベッドのコーナーを通っては「ベッドはめちゃくちゃデカいのを買いたい」と甘え、テレワークのスペースに向かっては「かっこいい書斎が欲しい」と言った。
    「こうなりたい、とかないんですか」
    「あるある、とりあえずテレワークとかになっても“さすが菅原先生の部屋はかっこいいですねー”って言われる背景にしたい」
    煩悩がすごい。
    「菅原さん、一時期玄関でリモートしてましたもんね」
    「一番玄関が片付いてたから。部屋どこも映せたもんじゃなくてさ」
    「長時間作業するなら椅子とかちゃんとした奴を買ったらいいらしいですよ。孤爪さんが言ってた」
    「あー、俺も見てる、KODZUKENのチャンネル。孤爪の部屋もなんかおしゃれだよな~、古い民家って感じなのに」
    そう言いながらデスクも見ていたが、こちらは意外とこだわりがあるのかあまりお気に召すものはなかったらしい。
    キッチン雑貨を見て、子ども部屋のスペースを見て、美羽の子どもの話に話題が移った時、俺は少し先にそれを見つけた。
    回避させようと「ライトとか見ませんか」と引っ張っていこうとしたが、その倍の力で引っ張られ、菅原さんはまんまとそれを見つけた。


    ぶよぶよしただらしねえ体のクマのぬいぐるみを抱きながら「しっくりくる」と言う菅原さん。
    「何抱いてもそう言ってるでしょ」
    「そんなことない……ほら、抱きしめるとジャストフィット……やわらかい……」
    茶色い熊に顔をうずめる姿は正直可愛いのだが、何が何でも諦めさせなければならない。

    実は菅原さんはぬいぐるみなんかには本来興味がないくせに、IKEAに来るたびにぬいぐるみを買い足していくのだ。
    はじめはクタクタした犬のぬいぐるみだった。まだ俺がイタリアにいる時で、「寂しいから影山の代わりに」と言われればもう何も返すことはできず、「ジョン・万次郎」と命名されて家に連れて帰られた。菅原さんはジョンを主に抱き枕として使用し、スマホをいじるときに胸に抱き、パソコンをいじるときには机と自分の体の緩衝材として利用された。純粋に枕として使われていた過去もある。それで菅原さんが癒されるならいいと思っていた。しかし、帰国するたびに増えているのだ。
    「一匹だとジョンが寂しそうだから」とファンタジックなことを言い、ジョンとは少し型の違うゴールデンの犬のぬいぐるみ(命名:ハドソン)をひとつ買った。
    ある時は腕の長いオランウータンのぬいぐるみ(命名:猿山ヨシオ)がキッチンとリビングの境目にぶら下がっていた。赤いハートにやたらリアルな手が生えたぬいぐるみもあった。これは「クッションだ」と言って引かなかった。ライオン(命名:ヒデ坊)と豚(命名:豚足)のぬいぐるみが仲良く寄り添っていることもあった。この2匹は用心深く見ていると時々格闘を繰り広げているらしく、ある日はヒデ坊が豚足の足を食べていたし、ある日は横倒れになったヒデ坊の上に豚足が堂々と立っていたこともある。そして流行ってたからどうしても欲しかったというサメのぬいぐるみ。名前はフカヒレ・J・シャーク。今更サメのぬいぐるみくらい、と思われるかもしれないがこれがデカいのだ。成人男性の家にあっていいサイズじゃない。しかも今までのぬいぐるみと違って、出しゃばり具合が異常だった。菅原さんが気まぐれに送ってくるセルフィー写真には大体こいつが写っていた。一緒に席について朝ご飯を食べていたり、ポップコーンを前に映画を見ていたり、なぜか俺が贈ったマフラーをこいつが巻いていることもあった。
    「フカヒレも暖かいって言ってる」と感想が送られてきたときは「サメの感想なんぞどうでもいい」と心底思った。また、仙台に戻ってきた際、一緒にベッドで寝ているのも見た。
    さすがに色々耐え兼ね、「ぬいぐるみと寝ると気を吸い取られるらしいですよ」と教えてやった。「疲れが取れないのってそのせいかな」と言ってすぐにソファに格下げになっていたので内心ほくそ笑んでいたところなので、何が何でもぬいぐるみの加入は避けなければならない。しかも今抱いているクマは人格を宿すサイズ感だ。

    「なんで今買い足そうとするんですか、引っ越し前ですよ?」
    「ぬいぐるみひとつくらい変わんないべ」
    「引っ越し終わってから買えばいいだろ」
    「でもほら、見てこのつぶらな瞳……俺らの家族になりたがってる」
    「なってない」
    近くを通った小さな女の子が、不思議そうな目を俺たちに向けていた。
    「ママー、あのひと、おとななのにぬいぐるみほしがってる」
    ちょっと遠くに行ってから、女の子がそう言っているのが聞こえた。母親が何と返したのかはわからない。
    「恥ずかしくないんですか、子どもにそんなところ見られて」
    「ちょっと恥ずかしい」
    菅原さんはそう言ってクマをもとに戻し、そしてさっと素早く何かを腕の中に隠した。
    往生際の悪さに呆れ、腕の中を無理やりこじ開ける。菅原さんが抱きしめていたのは、2つのトーストのぬいぐるみだった。

    トーストのぬいぐるみって何?俺にはわからない。でもジャム、そしてマーガリンがそれぞれ塗られた食パンに手足が生えているぬいぐるみだった。当然顔もついている。くりくりとした目や何かを企んでいそうに開いた口が、菅原さんが何かよくないことを思いついたときの顔に似ていた。
    「……」諦めて手の力を抜くと、「可愛くない?」と聞く。
    「可愛くはないです」
    「でもこれ今買わないともう今年しか売ってないらしいから……引っ越し待ってたら売り切れちゃう」
    「いいですよ買って……」
    「やった!!影山公認!」
    公認はしていないのだが、サイズが小さいので害はないと判断した。買うものが見つかって満足したのか、その後はあっさり店舗を見て回り、さっとレジでトーストのぬいぐるみを購入した。


    レストランエリアに向かうと、いつも安さと物珍しさに過剰に注文してしまう菅原さんを「夕飯も近いから」となだめてサーモン料理とミートボール、ホットドックと青いドーナツを注文した。まだ腹減ってたらソフトクリームを食べたい、と言ったがこの量を食べて腹が減っていることはまずないだろう。

    テーブルの上に並べた2つのトーストを眺めながら、「可愛い」とご機嫌だった。そしてサーモンをひときれ口に入れると「やっぱこいつらの前でトースト食べたら共食いになるのかな」とくだらないことを言ったので、俺は聞こえないふりをした。


    終わり
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