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    7月24日ミスオエオンリーにて無配させて頂いたフォ学ミオのリゾートバカンス小話になります。ラブラブ全開です♡貰って下さった方々、どうもありがとうございました☺

    #ミスオエ
    misoeye

    トロピカルバカンス※ミスラとオーエンがバカンスに行く、糖度高めのフォ学軸のお話です。



    『頑張った褒美じゃ!』
    そう言われて受け取ったのは、航空券と別荘の鍵であった。渡してきたスノウとホワイトは、急遽デザインが変わった衣装合わせから広告写真の撮影までをたった三日で終わらせたのだが、その三日の間ミスラの時間を拘束したのだ。
     着せ替え人形よろしく右に左に回されて、眩しいライトの下や蒸し暑い夜の交差点で写真を撮られ、しまいにはモデルインタビューまでさせられたのだからたまったものではない。……これについては内容がそぐわないという理由でほとんどカットされたのだが、拘束された時間は確かにあった。学校の方はまあ良いとして、ミスラとて暇ではない。勿論はたから見れば暇潰しだろうと思われる様々な行動の全てが、ミスラにとっては絶対にやりたかったことなのだ。そもそも誰かに縛られることを苦痛に感じるミスラには、我慢出来ない三日間であった。
     しかし唯一、もっと縛っても良いのにな、と思っている相手が、ミスラには居る。そして航空券は二枚あった。必然、ミスラは夜明けと共に行動に移ったのである。




    トロピカルバカンス


     ――06:15、オーエンのアパート。
     ゆさゆさと揺さぶられ、オーエンは口をぐにゅぐにゅと動かした。まだ眠い。昨晩は夜中まで読書をしていたのだ。最近連絡が来ない男からのラインを待って夜更かししていたわけでは、断じてない。
    「オーエン」
    「……ん」
    「起きて」
    「……んー……」
     誰かが呼んでいる声が遠く響くが、一人暮らしのアパートでアラームかテレビ以外の音がするわけもない。夢の続きかと寝返りを打った。
    「っ、痛!」
     つもりであったが、急に頭に受けた痛みでハッと覚醒する。慌てて飛び起きれば、布団の隣にヤンキー座りしている見知った男が居た。
    「一体何のつもりだよ……!」
     ミスラであった。ろくに連絡も寄越さないで、急にやってきたかと思えば頭を殴るとはどういう了見だ。しかもきっと今のはグーだった。オーエンはミスラを睨みつけて唸りを上げる。
    「おはようございます」
    「おは……って、ふざけるなよおまえ」
    「は? ふざけるとは」
    「……!」
     どうして殴った、しかもまだ早朝だぞ、なんで合鍵を持ってるんだよ、そもそもパタリと連絡を途切れさせて何やってたんだ……などと、言いたいことは山ほどあったが、寝起きの頭では勢いが足りなかった。代わりに仕返しとばかりに膝を殴る。
    「痛っ……オーエン」
    「フン、いきなりやって来て叩き起こすおまえが悪いんだからな」
     謝らないという強い意志を見せながら上に掛けていた薄い布を手繰り寄せた。
    「……それで? なんでこんなに早く、突然やって来たの?」
    「そうでした。あなたはどこかに泊まる時に絶対に持っていかないと気が済まないもの、あります?」
    「は?」
    「もしあったらカバンに入れて。もう行きますよ」
    「え? は? 何の話?」
    「下着とか服は良いです、あっちで揃えれば良いので」
    「あっち? ちょっと待って、話が見えないんだけど」
    「カバン……学生カバンは駄目ですね、あなた鉄板仕込んでるでしょ」
     いつの時代のヤンキーですか。そう溜息をついて、立ち上がったミスラは勝手に部屋の中を漁り始める。
     話について行けないままのオーエンは焦って立ち上がり、ミスラを追いかけた。狭い部屋の中、すぐに捕まえたミスラの背中に張り付いて勝手なことをする手を押しとどめる。
    「おい、ちゃんと説明しろよ! あ、馬鹿、そこは開けるなって!」
    「へえ、俺が出てた雑誌だ」
    「……!」
     クローゼットのマル秘コーナーまで開けられ絶句しながら間に割って入り、なんとか暴挙を辞めさせつつ、オーエンは万事休す鼠よろしく指を突き付けた。
    「本当にやめて、殺すよ」
    「タイマンか、良いですよ。この雑誌でガードしようかな」
    「チッ……!」
    「あと、Tシャツがブカブカで乳首見えそうですけど」
    「そんなわけ……!」
    「隙あり」
    「あ!」
     つい自分の姿を見下ろして確認する間に、ミスラの手がひょいと次の段を覗く。そこにはちょっとしたカバンがあった。
    「これで良いですね。何かいります?」
    「説明しないなら僕は口をきかないから」
    「言わなかったですか? これから出掛けるって」
    「言ってない、いや言ったけどそういう説明じゃなくて……」
    「バカンスですよ」
    「……は?」
     カバンを手渡しながら、ミスラは珍しく愉しそうに笑う。オーエンの方は受け取りつつ、唐突な単語に目を丸くした。ミスラの口からおよそ聞けるとは思ってもみなかった単語だ。
    「これから飛行機に乗るので」
    「え」
    「着いたら南の島です」
    「は」
    「この三日間、俺が何してたか分かります?」
    「知らない。僕のライン既読無視してた」
     丸い目のまま、短い反応と脊髄反射の言葉しか出てこないオーエンを、ミスラは笑って見ている。
    「既読無視はともかく」
    「ともかくない」
    「変な日本語だな。ともかく、俺は三日間双子に拘束されてモデルの仕事をしてたんですよ」
    「ふうん」
     カバンを掴んだままのオーエンに向かって、ミスラが適当な服をポイと投げて来た。着ろ、という意味なのだろう。確かにブカブカのTシャツにラフな短パンの姿では飛行機に搭乗する勇気がない。まだ理解はしていないが、ミスラを止めたとしても腹パンでもされて、気絶したところを担いで空港まで連れて行かれかねない。仕方ないと腹をくくり、オーエンは宛がわれた服を着始める。
    「その褒美として航空券と彼等の別荘の鍵を手に入れました」
    「へえ」
    「折角なのであなたと行こうと思って」
    「……」
     なんとなく、流れはつかめてきた。選ばれた理由も、分からないではない。一応世間でいう所の『恋人同士』的な関係ではあるのだ。だからと言って朝っぱらから叩き起こしてグイグイ連れて行かれる話ではないが。
    「悪くないでしょう?」
    「何がだよ」
    「二人きりで突発旅行、しかもリゾートでバカンス。雑誌の特集みたいじゃないですか」
    「はっ……おまえ絶対にそういうの興味ないだろ」
    「あなたとだったら楽しそうだなって思うんですけど」
    「……」
     三日間会話することもなく顔を見ることも無かった男からの甘い言葉に、オーエンは少しだけ心臓を跳ねさせた。意外と悪くない、と思ってしまった自分を見透かされていそうで後ろめたさもあった。
    「じゃあ行きますよ」
    「分かったよ、分かったから押さないで。おまえの荷物は?」
    「俺も適当です。さっきまで撮影したりしてて、部屋に一度帰っただけなので」
    「荷物少な……」
    「あっちで揃えれば良いって言ったはずです」
    「バイク?」
    「ええ。荷物はあなたが持って」
    「げ……面倒。飛ばさないでね」
     ミスラが持つどこかのブランドのカバンと自分の適当なカバンを持ち、オーエンはまさかの着の身着のまま旅行に出向く羽目になる。順応性が高いとは言い難いオーエンではあったが、ミスラと付き合うようになってから振り回される事も増えてきたので、悲しいかな慣れてもきていた。
    「鍵忘れないでくださいよ」
    「盗まれるものも無いけどね」
    「俺の雑誌は? 宝物でしょう」
    「殺すよ」
    「あはは」
    「っていうか合鍵いつ作った」
    「…………」
    「おい、黙るなよ」
     結局ついていくしかないオーエンは、ミスラの後に続いて部屋を出たのであった。
      *

     ――08:30、某空港。
     これだけは持って行きたいリストを作る余裕もなかったオーエンの要請により、忘れてきたスマホの充電器を購入したミスラは、空港のVIPラウンジで優雅にコーヒーを飲む。きっとキッズ用であろうアイスを頼んで舐めるオーエンは朝より機嫌が良くなっているようだ。
    らしくなくホッとしながら、時計を見る。そろそろ時間だ。一泊二日の予定なので、出来るだけ早い時間帯からリゾートを楽しみたい、その一心でオーエンを迎えに行って良かった。バイクを飛ばし過ぎて蹴られもしたが、まあ今日は許そうと思う。普段だったら蹴り一発につき顔面に拳を打ち込んでもおかしくない。
     可能な限り一番早い飛行機に搭乗出来ることになったのも、運が良かった。既に朝から暑くなり始めているらしく滑走路には陽炎が出ている。きっとこれから行く南国も暑いだろうが、双子の別荘ということだし避暑地の意味合いが強いだろう。涼しい立地の筈なので、暑さに弱いオーエンもへばったりはしない……と思いたい。ぐったりして部屋でダラダラと過ごしてはこちらに居る時と変わらないのだから。
     とはいえ、ミスラ自身もあまり活動的ではないし、暑さに強いわけでもないので、それなりに楽しめれば十分だ。
     搭乗時間を知らせるアナウンスが流れ、ミスラはオーエンに声を掛ける。
    「行きますよ」
    「ん? もうそんな時間?」
    「そんなにアイスばかり食べて、腹を壊したらつまらないですよ」
    「ふふ、折角VIPラウンジに入れたんだから、堪能しないと」
    「意外と貧乏性ですよね、あなた」
    「うるさい」
     フン! とそっぽを向くオーエンに、『腹を壊したらセックス出来ないでしょう』なんて本音を言ったらこのまま帰られてしまいそうだ。ミスラは口を噤み、代わりにオーエンのカバンを持ってやる。
    「さ、立って下さい」
    「ちょっと待って、ここまで食べる」
    「はあ……諦めて。これから俺と、何度だって、ここには来れるんですから」
    「……」
     つまり今後もお付き合いしていくつもりだし、こうして旅行もする、と宣言したのだが伝わっただろうか。ミスラは思案してオーエンの様子を窺うが、僅かに赤くなった耳を見付けて、隠れて笑った。どうやら伝わったようだ。
     手を繋ぐのは流石に騒ぎそうだったので、ミスラはオーエンの背中を押した。されるがままのオーエンに置いていかれたアイスを背後でスタッフが片付けている。少し下にある唇は、きっとアイスのせいで冷たくなっているだろう。キス、したいな。そう思いつつ優先搭乗口に向かいながら、この旅行がますます楽しみになったとミスラは笑うのだった。

     *

     ――11:30、南国到着。
     うだるような暑さではあったが、都会のもわっとした暑さとは種類が違った。太陽が近く、暑いは暑いがカラッとしていて、吹き抜ける海風がシャツをはためかせる度に気持ちが良い。
     空港に到着してすぐにタクシーに乗って向かった別荘は、それはそれは『リゾート然』としていた。
     南国情緒溢れる白い建物は、広く立派に造られている。二階建ての至る所に大きめの窓があり、まるで海と繋がっているかのような景観を堪能出来るようになっていた。
     しかも裏手側にはプライベートビーチがあり、入江になっている。付近のビーチから隠れる造りになっており、世界が完結していた。インフィニティプールも備わっていれば沈む夕日を眺められるジャグジー露天風呂まであるという、まさに全ての願いが叶う避暑地だ。
    「これは……すごいな」
    「どれだけお金を積んだらこんな土地を買えるんだよ……凄すぎ」
     圧巻の別荘を見て回った二人は、ご機嫌なアロハシャツと短パン姿で言葉を失っていた。
     時にこのアロハシャツだが、空港に着いて土産屋で購入したものである。南国ならではといった柄モノのアロハは、ミスラの独断で選ばれた。オーエンはこんな浮かれたシャツ着たくない! としばらくごねていたが、空っぽのカバン一つでは替えるものもない。ちなみに財布も持ってきていなかったので拒否権も決定権もなく、ミスラに委ねるしかなかったのも事実だった。
     黒地に白い柄が入った輩っぽいアロハはミスラの、白地に赤いハイビスカスという派手なアロハはオーエンの、と決まったところで、その場で着替えまで完了して今に至る。なんだかんだで涼しいのと諦めの境地で、オーエンはもはや抵抗もなく歩き回っていた。
    「いつか俺もこんな別荘を買いますよ」
    「おまえが? 欲しいの?」
    「いえ、あなたが双子を凄いと褒めたので」
    「……ああ、対抗したのか」
    「俺の方が凄いです。だからもっと凄い別荘を買ってやります」
    「はいはい」
     ミスラの家業のことを考えれば難しくないかもしれない。オーエンはミスラの負けず嫌いな所やプライドが高い所も好ましく思っていたので、真顔で語る姿に笑った。
     部屋に入ってリビングに荷物を置き、室内も見て回る。どこまでも豪華で、かつ手入れも行き届いていた。定期的に管理人が対応しているのだろう。蛇口を捻ればどこからも清潔な真水が出て安心する。
     なんだか楽しくなってきて色々な部屋を見て回っていたオーエンだったが、ふと開けた扉の先にあるキングサイズのベッドが鎮座する寝室に呆気にとられた。身を起こす際に正面にあたる壁は、一面のガラス窓となっており、すぐ足元まで海が届いている造りになっていたのだ。窓を開ければ海風が吹き込み、潮騒が聞こえることだろう。方角的に朝日か夕日かは分からないが、美しい景色を眺めなら、まるで海に浮かんでいるような感覚に包まれるはずだ。
    「ああ、この寝室良いですね」
    「わ」
     急に背後から声が掛かり、違う部屋を探索していたらしいミスラが覗き込んできた。
    「……ベッドが一つしかないのは、気に入らないけどね」
    「ん? 期待してます?」
    「違うよ、馬鹿」
    「期待には応えるので安心して」
    「ち、違うって言ってる! 応えるな!」
     何が、とは言わなくてもオーエンにだって分かる。気恥ずかしさで舌打ちをすれど、確かに雰囲気が良すぎるのだ。絶対に認めたくないがこういう世界観に少しだけ惹かれるきらいがあるオーエンは、唇を噛み締めながらもこの寝室で寝よう、と心に決めるのだった。

      *

     ――12:30、少し離れた繁華街にて。
    「うわ、やばい」
    「似合ってます?」
    「似合い過ぎて絶対に堅気じゃないオーラ出てる」
    「あはは、堅気じゃありません」
    「誉めてない」
     昼食がてら、と出てきた繁華街は、都会の雰囲気ともまた違う。地元らしさと、リゾートを楽しみに来ている観光客向けの内容で、ごちゃごちゃしながらも心躍る独特の雰囲気だった。
     雑貨屋の店頭にあるサングラスをかけてみたり、貝殻なんかで作ってあるアクセサリーを試してみたり、二人は観光を楽しむ。少し静か目の料理店で海を眺めながらとる食事に舌鼓を打った後、再び外に出て繁華街を巡った。
     途中、『ミスラさんですよね……⁉』と声を掛けてきた女性たちが居て、オーエンはまたかと思う。ミスラは意外と、認知度が高いのだ。この顔、このスタイルだから当然ではあるが、そういうミーハーなテンションが嫌いなオーエンはつまらない気持ちになることが多々あった。
     まさか旅先の、しかも高級リゾート地で声を掛けられると思っていなかったのは、きっとミスラも同じだろう。一瞬迷ってから、違います、なんて返事をした。
    「良く言われますけどね」
    「えーそうなんですかぁ?」
    「でもすっごくカッコいいです!」
    「はあ、どうも」
     女性二人組は目を輝かせて高い位置にあるミスラの顔を見上げている。仮にモデルのミスラじゃなかったとしても余りある程の美形との遭遇に、心躍っているのだろう。それどころか、もっと先を期待しているに違いない。その証拠に、女性達はオーエンの方もちらちら見ている。二人同士で頭数が合う、とでも考えているはずだ。
    オーエンはうんざりした顔をして、くるりと踵を返した。おや、という表情を浮かべたミスラを一瞬視界に入れてから吐き捨てる。
    「遊んでくれば?」
    「は?」
    「僕は静かなのが好きなんだ。先に帰っててやるよ」
    「何故」
    「……たまには、僕以外の人間とも遊べば? って思っただけ」
     今のは流石に嫌味っぽかったかもしれない。試すような事を言うのも、逆に気を引いているようで、らしくなかった。どうしてだか今無性に意地悪をして、ミスラを傷つけてやりたい気分に駆られたのだ。ミスラははっきりと断るような言葉を返していたというのに。
     そんな自分が嫌になって、オーエンはスタスタと歩いて行く。
    「ちょっと待って」
    「っ……」
     しかしすぐ、強い力で手首を掴まれた。手加減を知らない男の、大きな手で握られた手首が軋む。
    「あなたと、来たんですけど」
    「……」
    「あなたと遊んでるのが楽しいから」
    「ふん……」
    「つまらない事言わないでください」
     ミスラの不貞腐れた声は、うつむいたオーエンのつむじに落ちた。女々しい事を言った自分に腹が立つ。ちらと見遣れば、女性達は何かを感じ取ったのか、気配を消しながら立ち去ろうとしている所だった。
    「……おまえ、やっぱりさっきのサングラス買えよ」
    「似合ってましたか?」
    「そうじゃなくて。……目立って嫌」
    「……ふ」
     拗ねたような物言いに気付いたのか、ミスラが少し考えてから噴き出すように笑う。
    「笑うな」
    「あはは、こういう開放的な空間っていうのも良いな」
    「笑うなって!」
    「素直なオーエンも、悪くないです」
    「チッ……おまえなんてサングラスかけて職質受けろ、馬鹿」
    「名前を出したら警察も黙りますよ」
     冗談ではなく堅気ではないミスラは、高校生モデルの皮をかぶっているだけの暴君だ。サンダルを履いた無防備な足でも踏んでやろうかと息を巻くオーエンだったが、南国らしい街路樹の死角で突如顎を持ち上げられてちゅっ、と軽くキスをされ、硬直する。
    「……あなたももっと、自分の容姿が良いことを自覚して」
    「やめ、……っ」
    「あっちの人、ずっとあなたを見てます」
    「ンっ……ミス、っあ!」
     樹に押し付けるようにされれば、頭の両脇についたミスラの腕によって閉じ込められてしまう。いくら死角とは言え、気付かれたら変な目で見られるし言い訳も出来ない状態だ。角度を変えてキスをされ、囁かれる言葉を反芻しながら薄目で見ると、立ち飲みのようなバーに居る男がこちらを見ていた。通行人には死角だが、あの男からは丸見えの場所だったというわけだ。相変わらず底意地の悪いことをやってのける、それがミスラだった。
    「アロハシャツが目立ったかな……俺ほどじゃないとしても、あなたも十分、綺麗なので」
    「あ……っ」
     唇が離れ、息を乱すオーエンの目元にサングラスが掛けられる。いつの間に買っていたのだろうか。慌てて唇を拭いながら睨みつけると、はあと溜息をつかれた。
    「……ちょっと俺も、らしくないこと、言いましたね」
    「嫉妬深い男なのは知ってた」
    「俺のものに手を出されるのが嫌なだけです。……さて、そろそろ戻りますか」
    「あ、ジェラート! 買ってくれるって言ってただろ」
    「あーはいはい、分ってますよ」
     サングラスを掛けた視界は薄暗かったが、ミスラがポケットに手を突っ込み無造作に髪をかき上げる姿は、しっかり見えた。とてつもなく格好良いこの男が、オーエンの自慢だ。



      *

     ――14:30、インフィニティプールにて。
    「へえ、夜になったら電気つけてナイトプールにも出来るんだって」
    「ナイトプール?」
    「え……おまえ業界人なのに知らないの? ださ」
    「溺死プレイします?」
    「うわッ……ぶは! ミスラ!」
     ベッド型の浮き輪に乗ってプカプカ浮いていたオーエンだったが、蔑んだ目を向けた瞬間ミスラによって突き落とされる。豪快に滑り落ちたオーエンは噎せながら水面に上がってきた。鼻に入った水が痛い。
    「あはは、溺れた猫みたいだな。いい気味です。で? ナイトプールとは」
    「……げほっ……SNSとかではやってる、夜のプールではしゃぐやつだよ。映えるんだってさ」
    「ふうん……雰囲気良さそうですね。やりましょうか」
    「まさに今プールに嫌な思い出が出来たから、絶対に嫌」
    「……」
    「ちょ、やめろって……!」
     水の中で水着(これも急遽、繁華街で購入したものだ)に手を入れられてオーエンはバシャバシャと水を跳ねさせた。下らない嫌がらせを仕掛けてきたミスラは、異常な水泳技術によりスーイと後ろ向きに遠ざかる。腹立たしい男だ。
     引き寄せた浮き輪にもう一度這い上り、手で操って端まで向かう。日陰になるよう計算されて作られているので日差しは無いが、ぬるい海風が吹く中での冷たいプールはラグジュアリーな気持ちにさせられた。
    「……今年の夏も、プールで撮影したりするの?」
    「ん? そうだな……しないんじゃないですか」
    「どうして」
    「今年のブランドコンセプト的に、っていうのと、同じことはしたがらないので、彼等」
    「ふうん……」
     水をかいてやってきたミスラが浮き輪の端に肘をつくので、そちら側に傾いたオーエンは、バランスを取る為に寝そべった。真横にあるミスラの顎を伝う水滴が、ぽたぽたと落ちるのをぼんやりと見詰める。
     去年のプールサイドの広告写真は非常に良かった。縫合痕のせいであまり肌を露出しないミスラがセクシーな水着に黒いパーカーを羽織り、サンラウンジャーに転がってサングラス越しにこちらを見詰めているものだ。眩しい太陽光をパラソルで遮り、サングラスの隙間から輝くグリーンアイを覗かせ、挑発的に唇を歪める男は文句なく最高に美しかった。オーエンのお気に入りだ。
     ゴシックをテーマにしたものが多いブランドにしては刺激的で男くさいものではあったが、ミスラの効果もあってか夏の新作の中でも爆発的な売り上げをみせたらしく、オーエンも街中でよくそのパーカーを見かけたものだった。
    「見たかったんですか?」
    「別に」
    「持ってる雑誌で、何度だって見れるでしょう」
    「その話またしたら本当に殴るから」
     胡乱げな目を向けると、ミスラは変な顔をした。きっと下手くそな『ヤレヤレ顔』のつもりだろう。不愛想なのがデフォなせいで失敗に終わっているが。
    「日焼けしてた水着の痕、あなた気に入ってましたよね」
    「ふふ、うん。セクシーで良かった」
    「あなたも今日、きっと日焼けしますよ」
    「え、嫌だよ。僕赤くなるんだ」
    「んー……白い肌のあなたしか見たことないけど、黒い肌はどうかな」
     モデル業では見せることが少ないざりざりした縫い目を指先で辿るオーエンを、ミスラは目を眇めて眺める。想像しているのだろうか。間近で交差する視線に焼かれ、今にも火傷してしまいそうだ。
    「……黒豚?」
    「こっ……ろす」
    「痛ッ」
     ふざけたことを言うミスラの耳を思い切り引っ張る。仕返しとばかりに髪を引っ張られて引き摺られれば、またしても水中に落下してしまいそうになった。
    「決めました、日焼けして真っ赤になった肌に悪戯してやります」
    「嫌だって言っただろ!」
    「こんな小さな水着の痕が残った肌、絶対にいやらしいですよ」
    「ばっ、あ、やめろ、何っ⁉」
     不安定な場所での攻防に抵抗しきれないオーエンの乳首をツンと突いたかと思えば、ミスラ自身が選んだ『小さな水着』の後ろの部分をぐっと引っ張り、無茶苦茶に弄ぶ。結局ざぶん! と大きな音をたてて落下したオーエンを、ミスラは腹を抱えて笑った。
    「おまえ本当に許さないからな」
     まるで子供に戻ったように遊ぶミスラに、呆れたと言わんばかりの顔を向けてやる。ばしゃばしゃと泳ぎ辿り着いたプールサイドで、上に上がろうとすれば足首を掴まれて引っ張られた。
    「うわ!」
    「意外と運動音痴ですね」
    「っく……! 今のはおまえが引っ張ったから!」
    「どうだか。さっきの泳ぎ、犬かきですか?」
    「バタ足!」
    「くくく……っ」
     低く笑うミスラがさっさと上がってしまうのを睨みつけ、オーエンはもう一度体を上に持ち上げる。なんだかすごく疲れたな、と思いながら頭を振って水滴を飛ばせば、ミスラが遠くを見詰めていた。
    「日焼けか……」
    「……」
     呟く言葉に嫌な予感が過ぎり、オーエンはそそくさとチェアに掛けていたアロハシャツを取って羽織る。しかし、予感というものは得てして的中するし、ミスラという男は本当に勝手なのだ。
    「海、行きましょう」
    「お断り」
    「プライベートビーチですよ、堪能しないと」
    「僕に貧乏性って言ったこと、謝れよな」
    「違いますよ。俺のは、浮かれてるだけ」
    「はっ。キャラが違うだろ、不良校の番長のくせに」
    「はい、あなたを日焼けで肌真っ赤の刑に処します」
    「いや、だってばっ、おいやめろ!」
     ひょい、とオーエンはミスラに担がれた。とんでもない馬鹿力だ。背中をバシバシと叩くがビクともしない。最悪な事に、この別荘は立地が最高なのだ。プール脇の小道を進めば、もうすぐそこには砂浜が広がっている。
     サンダルが砂を食む音を響かせながら、ミスラは突き進んだ。焼かれた砂は相当熱いことだろう。暴れながらも感覚で、オーエンは自分の足にサンダルが片方しか引っかかってないことに気付いた。この焼けた砂に下ろされるのは危険だ。
     入江の岸壁に近い場所に、パラソルとチェアが見える。この別荘地帯の管理人が置いておいたのだろう。とにかくあそこに行ってもらうしかない。
    「ミスラ、あのパラソルのところに行って僕を下ろして」
    「は? 日焼けは?」
    「しない。痛くなるから嫌」
    「子供みたいなことを……」
    「子供はどっちだよ……ッ痛い!」
     苦々しく零せば、尻を太鼓のようにパン! と叩かれた。痛みと苛立ちでオーエンは足をばたつかせる。それを抑え込むように両足を掴まれればもはや足を失った人魚だ。
    「あなたの水着痕、見たいな」
    「駄目。……いやらしい目で見るから、おまえが嫌い」
    「仕方ないでしょう、いやらしい顔と体に生まれたことを後悔して」
    「うえ……気持ち悪……」
    「はあ?」
     人魚になったオーエンは、もう一度尻を叩かれた。

      *

     ――15:30、海辺にて。
     パラソルの下のチェアに放り投げられたオーエンは、死んだ魚のような目でじとりとミスラを見上げた。したたかぶつけた腰が疼く。
    「ちゃんとここまで連れて来たんだから良いでしょう?」
    「そういう問題じゃない。嫌って言ったのに」
    「そろそろ諦めて。海に投げられた方が良かったですか?」
    「……くらげに刺されちゃえ……」
     つい憎まれ口を叩きながらも、見晴らしの良さは確かに気に入った。日は大分落ちてきたが、それでも暑さは残っている。日陰とはいえ、海特有の肺を満たす熱風は健在だ。
    「海には入らないの?」
    「俺ですか?」
    「うん」
     何も羽織っていないミスラの上半身は綺麗な筋肉がついている。ゴツゴツもしていないしマッチョでもないのに喧嘩が強いなんて、嫌味だ。それを言うならオーエンも、と言われるかもしれないが、同じ男として造りが違う感じがする。
     均整の取れた体で伸びをしてから、ミスラが振り向いた。
    「海水でベタベタするの、気持ち悪いかなって」
    「分かる」
    「でも遠くまで泳ぐのは良さそうです」
    「おまえ前世で魚だったんじゃない? 泳ぐのが得意だよね」
    「じゃああなたは前世で貝だったのかな。泳ぐのが下手なので」
    「は? 殺すよ」
     唇を歪めて反応すれば、ミスラは肩をすくめる。そのまま波打ち際まで行って足先で水面を蹴った。さざ波が引いていって、ミスラの足の形に砂浜が凹む。
    「ぬるいですよ、海」
    「へえ。じゃあ泳いだら?」
    「やけに泳がせようとするな……何のつもりです」
    「おまえが夜活発にならないように、疲れさせたいなって」
    「……あなた期待しすぎでは」
    「なっ」
    「意識しすぎです」
     考えてみれば、そうかもしれない。自滅してしまったオーエンはフン! とそっぽを向いた。非日常的な空気が無意識にいやらしい妄想に繋がるのだ、きっと。それに健全な高校生だということも付け加えたい。オーエンは自分に言い訳をした。淡泊そうに見えるが、オーエンも男だ。
    「俺は強いので、セックスも泳ぎも強いですよ」
    「なに、その変な尺度は」
    「なのでリクエストに応えて、泳いできます」
    「ん」
     バシャバシャと水飛沫を上げて海に入っていくミスラを、深窓の令嬢よろしくパラソルの下から見送る。背が高い男は一瞬波間に消え、それから美しいフォームで遠くの方まで泳ぎ始めた。本当に魚のように泳ぐ。当の本人は、魚なんて食べる方が好きだろうが。
     澄んだ海水はとても綺麗だった。オーエンの座るチェアからも大分先まで見通せる位に。しばらく先まで泳げば魚もいるかもしれない。
     真っ赤な頭がニョキっと水面に浮かび、こちらに向かって手を振ってくる。その様子が笑えるくらい可愛いく感じられて、オーエンも思わず手を振り返した。また波間に、赤が消える。
     水平線に続く群青と燃え盛る赤のコントラストが、オーエンの胸にしっかりと焼き付いた。

      *

     ――17:00、波打ち際。
    「あなたも入れば良かったのに」
    「海水に浸かって日差しを浴びたら、僕消えちゃうんだ」
    「なに気取ってるんですか。塩水掛けで焼けて真っ赤になったところを撫でてやろうと思ったのに」
    「じゃあ僕は日焼けしたおまえの皮を剥いてやるよ」
    「このくらいじゃ剝けませんよ」
     まだ明るい夏の夕暮れを、二人は言い合いながらゆっくりと歩く。波打ち際の砂は白く、随分冷えてきていた。持たされた片方だけのサンダルをぶら下げながら、ミスラはオーエンを見遣る。白い素足でさくさくと砂を踏む姿は、なかなか良かった。
     潮風が心地良い。なびく横髪を鬱陶しそうに耳に掛ける仕草が煽情的で、目が離せなくなっている自分に、ミスラは気付いた。隣に居るのが当たり前になってきていたが、オーエンを見る度に心が揺り動かされる事に、新鮮に驚かされる。
    「なに?」
    「ん?」
    「……穴、あいちゃう」
     色々な所にあいてますよ、と、普段のミスラだったら口にしていただろう。だが今はオーエンの言う意味が分かるので無粋な返事はしなかった。
    「つい」
    「おまえはモデルの仕事で見られるの慣れてるだろうけど、僕は違うんだから」
    「俺に見られるの、嫌ですか?」
    「……そうじゃないけど」
     下からチラリと見上げるオッドアイが、夕日と海水を受けてキラキラと光っている。純粋に美しく感じて、ミスラはふっと息を吐いた。
    「まだぬるいね」
     不意に海の方へ向かったオーエンが足首まで浸かって振り向く。夕焼けの空は水平線と交じり合って、それを背景に携えてこちらを見るオーエンが、やけに眩しかった。きつい印象を与える顔立ちも、今日は幼く見える。リラックスしているのだろうか。そうだとしたら、連れてきて良かった。
    「気持ち良いでしょう」
    「うん、悪くないよ。……それに楽しい、かも」
    「……」
     ぽしゃりと透明な水を蹴りながら、オーエンが呟く。スマホを持って来ていれば良かったと、ミスラは残念に思った。夏の暑さを嫌い、しかしリゾートといった場所にも興味を持たない性質のオーエンを連れ出せる機会は滅多になかっただろう。
     今更、この夕焼けに染まる南国の空と海の狭間に立つオーエンを、記憶だけではなく写真として留めておきたかったと思った。憎たらしい男なのに、どこか儚く、美しく、そして心がどうにかなりそうな衝動に駆られるのだ。
    「……ミスラ」
    「オーエン……あなたが俺のものになって、良かった」
    「……もう……馬鹿だな……」
     無意識にオーエンの傍に行っていたミスラは、軋む程に抱きしめていた。苦しがるオーエンだったが、逃げ出すことはしない。
     それを良い事に、ミスラはそのまま唇を奪った。角度を変えて、何度も、何度も。写真に残せない姿を、体に刻むように。
     誰もいない海にぽつんと二人きり、夕日が水平線に沈み沈黙するまで、互いの熱だけを確かめあった。

     *

     ――18:30、テラスにて。
     驚くことに、別荘まで戻るとテラスにはバーベキューの用意がしてあった。準備をした人間は居なかったが、代わりにカードが添えられている。
    『最高の料理を満喫して、英気を養って、またお仕事頑張ろうね!』
     そこにはそう書いてあった。
    「……双子が手配したんですね」
    「お仕事頑張ろうね、だって。おまえも大変だね」
    「はあ……」
     ミスラは鬱陶しそうな顔をしたが、食材は確かに立派なものばかりだった。海産物から肉、野菜まで、加えてトロピカルフルーツの盛り合わせや南国風のドリンクも豊富に揃えてある。
    「……まあ、食材に罪は無いので」
    「そうだね」
     プールに続いて海まで堪能してしまった二人は、すっかり空腹を感じていた。火が起こしてあるコンロで早速焼き始める。トングを使ってワイルドに焼いて食べるバーベキューは二人を童心に返ったように楽しませた。甘いトロピカルジュースに夢中になってオーエンが焦がしてしまった肉は、ミスラが美味い美味いと喜んで食べる。何故か用意されていた焼きマシュマロは、オーエンが最高と評しながら美味しく頂いた。
    「……はあ、満足しました」
    「僕も」
     椅子に座って伸びをするミスラに、甘いフルーツを口に運ぶオーエンが頷く。良い夕食だった。片付けは明日になったら管理人がしてくれるはずだ。後片付けもせずにダラダラ出来るのもまた、とても良い。
    「あ、花火もありますよ」
    「本当だ」
    「やります?」
    「いいね、面白そう」
     大人びて見える二人だが、やはり高校生だ。見つけた花火にはしゃぎ、二人して海辺の方に向かう。
    「うわ! こっちに向けるなよな!」
    「あなたこそ三本纏めてなんて、爆発しますよ」
    「そんなわけ……うわ、すごい火花になった」
    「ほら」
    「っていうか、それ手持ち花火じゃないよミスラ」
    「え?」
    「おい、危ない……っあはは!」
    「はは、すごかったな今の」
     花火の応酬と化した二人の闘いは引き分けに終わった。結局二人して、様々なものを試しては笑う。こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。ひとしきり騒いで、気付けば二人の距離は近付いていた。暗い海が眼前に広がり、花火の光も消え、まるで世界に二人きりだ。
     火薬の匂いと煙が立ち込める中で、自然に見つめ合う。朝から一日中、二人でこんなに濃密な時間を過ごしたのは初めてだったかもしれない。お互い言葉は無いが、まるで思い出を反芻するようにじいと視線をかち合わせる。
    「……来て、良かったですか?」
    「……うん。良かった」
     ミスラはオーエンの手をぎゅうと握った。拒まれないことに気を良くする。
    「俺以外に誘われても、来ます?」
    「え?」
    「……バカンス」
    「ぷっ……」
     試すようなことを言うミスラというのがいつになく弱気で、そして新鮮で、オーエンは思わず噴き出した。繋いだ手に力を込めてやる。
    「おまえが勝手に連れて来たんだろ?」
    「そうですよ。だから」
    「おまえ以外にこんな風に僕に勝手なことする奴いないよ」
    「はあ」
    「勝手なことを許してやる相手も、ミスラ以外に居ない」
     バカンスやリゾートなんて単語も雰囲気も、オーエンの趣味ではない。興味もない。それでもやって来てそれなりにはしゃぐ結果になったのは、相手がミスラだったからだ。ミスラと過ごす『時間』が悪くないと感じたのであって、この『場所』を選んだわけではない。
    「……」
     伝わるだろうか。オーエンは思った。言葉が少ないのは、オーエンも同じだ。だからすれ違うし誤解を生むことも多々ある二人だが、それでもうまくやっているのは互いへの信頼のようなものがあるからだった。
     静寂の中にあるさざ波の音と、相手の呼吸する音、それだけが全ての世界に、ミスラの低く笑う声が落ちる。恰好悪いことを聞いてしまった気がしたが、オーエンの言葉はストンと落ちてきた。ミスラも同じようなことを聞かれたとして、あなたが特別だから、と答えるだろうと思ったのだ。
    「じゃあ俺が一番ってことか」
    「はっ……調子に乗るなよな」
    「良いでしょう、今夜くらい」
    「わ……っ!」
     繋いだままだった手を引かれ、オーエンの体はミスラの腕の中に閉じ込められた。アロハシャツから覗く肌が熱くて、胸がずくんと疼く。
    「俺の一番も、あなたみたいです」
    「とっ……当然。そうじゃなかったら、許さないから」
    「あはは」
     笑うミスラに力一杯抱きしめられて、それから誘うようにオーエンは歩かされた。
    「どこ行くの?」
    「……我慢できそうにないので」
    「……っ」
     欲を湛えた、深緑色の瞳に流し目を送られる。その中にある色気に当てられて、オーエンは息を呑んだ。
    「ちょっ、僕シャワーも浴びてない……っ」
    「必要ですか?」
    「汗……っかいたし、プールにも、海にも入って、ベタベタしてるんだけど」
    「俺もですよ」
    「おまえは良いだろ、ケダモノ。僕は嫌なんだよ」
    「そんな生娘みたいなことを……」
    「うわ、今日のおまえ本当におっさんみた、ぶっ」
     慌ててまくしたてると、急に止まったミスラの背中に顔面から突っ込んでしまった。そのうえ、よいしょ、なんて声を出したミスラによって、またしても担がれてしまう。
    「ミスラ!」
    「うるさいな……今日一日、結構我慢したんですよ」
    「は、はあ?」
    「一日中セックスしてても良い位なのに」
    「うっ……」
     確かにやりかねない男の発言に、オーエンはうっそりと顔を歪めた。ずんずん進んでいって、もう扉を開けたらそこは例の寝室だ。オープンテラスの弊害を感じてしまった。
    「……言いましたよね、期待に応えるって」
     昼間の言葉が思い出される。これだから、オーエンはこの暴君が苦手なのだ。
    「……あのさ、ここ丸見えなんだけど」
    「そうですね。海の真ん中に居るみたいな」
    「そうじゃなくて!」
    「ああ、恥ずかしいってことか。誰も見てないんだから良いでしょう。俺だけが見れる、特権です」
    「だとしても、あっ」
     器用に足で開けた扉の向こう、異様に大きく開放的なベッドに投げ落とされる。落ち着いた照明のせいで、まるで海に浮いた小舟のようだった。その小舟の上、はだけたアロハシャツを着て浮かれた男が二人、息を乱している。
    「…………たっぷり、愛してやります」
    「ミス、ら……っ!」
     覆いかぶさった野獣に囁かれて、オーエンは興奮でわなないた。ミスラも興奮しているのか、ごくりと喉が上下する。がっつくように首筋に甘噛みを落とすミスラと、熱を誤魔化すように髪の毛を掻き混ぜるオーエンは、互いだけを見詰めた。
    「覚悟して」
    「ふっ……おまえも、ね」
     夜空の星が降ってきそうな小舟の上で、今夜二人は一つになる。





      *

     ――翌日、昼過ぎ、ベッドの上にて。
    「……腰、痛い……」
    「あー……帰りの飛行機……明日にずらしたいな……」
    「おまえが朝まではしゃぐから、全然、眠れてない……」
    「あなたがもっともっとって……っぐ」
    「おまえの死因、枕で窒息死」
    「あなたの死因、抱き締められて内臓破裂」
    「わ! ばか、もう……っ」
    「……もう一泊、します?」
    「……出来るの?」
    「当然」
    「………………する」
    「じゃあもう一回」
    「しない!」


    ≪完≫


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