寒がりである友人クラージィの、その寒がりがどうやら本人の吸血鬼としての特性らしいとわかったのは先日の事。氷を生み出す能力が判明した。ときどき「セイッ」と狙った形の氷を出す練習をしているが、今はゲームをしている三木や吉田とのんびりこたつを囲み、サバ白の猫をだっこしている。
「寒がりが特殊能力由来なら、能力制御で体質改善できますかねえ」
「かもしれませんね。まあ対症療法は続けた方がいいですよ」
「寒かったら温まる以外ないですよね。クラさん、お風呂はシャワーだけじゃなくて、お湯にも漬かってます?」
「ハイ、オ湯キモチイイ。アヒルサン、カワイイデス」
ゆっくりとお湯につかる時間が楽しくなるように、以前クラージィにゴムのアヒルをプレゼントした。それぞれの家に揃いで風呂場に置いてある。どうやら気に入ってくれてるらしい。
クラージィのニコニコした返事に三木も吉田もつられる。楽しい空気とお風呂で連想したのだろう、
「こんど三人で温泉いきません?」
という吉田の提案に、「いいですねえ!」「オンセン、イッテミタイデス!」と残る二人はつい大きめの反応をした。
「たしか近場にもありましたよね」
「正直効能がどうとかより、足伸ばして入りたいです」
三木の言葉に吉田が納得の声をあげる。
「三木さんの身長でここのお風呂はねえ、僕でも狭いし。クラさんもですよね」
「オ湯ハイル、足マゲルシマス」
「そうだ、クラさん、足をマッサージしてみてもいいですか」
突然の三木の申し出に、クラージィがきょとんとする。
「マッサージ…ネコチャン、モムミタイデスカ」
「そうです。血の巡りが良くなって、足の寒さがやわらぐかなって」
「オタノミシマス」
あぐらのように座っていた三木の足に、正面のクラージィの右足が伸ばされて、トンと当たった。
三木は失礼しますといって、こたつ布団に手を潜らせてクラージィの足を掴む。靴下越しでもひんやりしているのが伝わる足先を、あぐらの足先に乗せてもみはじめた。
クラージィがフフフと笑うので、
「くすぐったいです?」
と聞くと
「楽シイデス、気持チイイデス」
と返ってきたのでほっとする。
足指を軽くほぐしたところで、再び失礼しますと言って、三木はクラージィのふくらはぎに手を伸ばした。三木の姿勢がかなり前に傾いたのを見て、クラージィが
「ソチラニモット出マス」
と言って、姿が消えた。寝そべったようだ。そこから両足がずりずりと三木の方に伸びてきた。
クラージィを見て吉田が静かに受けている。「クラさんが猫の座布団になってます」と教えてくれた。三木からはぎりぎり猫が見えなくて、残念だ。
少し後ろに位置をずれてから、足を乗せ直して、
「直接触っても平気ですか?」
「ヘイキ、オーケーデス」
いったん右足が戻っていき、クラージィは自分で裾をまくった。
再び伸びてきた筋肉の付いた青白いふくらはぎを、三木は揺らしてほぐしていく。その様子を吉田が感心したように眺めていた。
「三木さん、マッサージもできるんですね。お仕事してます?」
「いや、さすがにその辺の資格要るものはやってないミキねー。ばあちゃんの肩とか足とか揉むのに勉強はしました。吉田さんもどうです?」
「今はいいですけど、そのうちお願いしちゃおっかな。肩とか腰とかしんどくて」
言った途端に吉田の肩にグレーの猫が飛び乗った。おんぶというより肩車に近い状態に思わず三人で笑う。
「幸せの肩こりですね」
そんなことを話してるうちに右足を終えてもう一方に移る。
もみほぐした右と比べて、左はまだひんやりとしている。三木は両手でつかんで、足裏を親指でなでるように始めた。
「クラさん、土踏まずがしっかりしてますね。アーチの深さがすごい」
「ツチフマズ?」
「ここの凹んでいるところです。たくさん歩いたんでしょう」
「ソウ、デスネ…タクサン、タクサン、歩クデシタ…今ハ弱イナリマシタ」
「今はそんなに歩かない?」
弱いの意味がくみ取りきれず、三木が質問すると、クラージィも説明しきれてないようで、ンーと考える声がする。
「今ノクツ、軽イ、フカフカ、スバラシイ。今、クツナイ、歩ケナイデス」
「…昔は裸足で歩いてました?」
クラージィの体験の深刻さに気付いて、吉田もそっと尋ねる。ポツポツとした返事が返ってきた。
「昔ノクツ、重イ、穴アク、ヌレルデシタ。デモ、歩キマシタ。…今ハワカラナイデス…デキナイナル、ヨクナイ…?」
最後は自問のようであった。少しの間、沈黙が落ちる。次に吉田が口を開いたのは、一見なんの関係もない話題だった。
「クラさんは、新入りの保護猫ちゃんの肉球触ることあります? あ、でもカフェに出る前の保護期間は長いのかな」
「肉球。オーケーノ子、モミマス」
「外で暮らしてる子の肉球は、柔らかいけど、やっぱり表面はちょっと固いんですよ。でも保護されておうちで暮らすようになると、いつかつるつるのぷにぷにになります」
吉田は肩の上から猫を下ろしてだっこする。後ろから猫の両手を持って、肉球あたりに指を添えた。
「経験はなくなりません。ただ僕はぷにぷにの肉球は、幸せだと思います」
「プニプニ…プニプニデスネ…フフ」
クラージィは、体の上に乗せた猫の肉球を触っているらしい。小さな呟きが聞こえた。
二人のやりとりを聞きながら、三木はクラージィの裾をまくってギクリとする。
大きな傷があった。三木も自分の体で傷痕はさんざん見慣れているが、引き裂かれるようにぎざぎざしたそれは、獣の咬み傷のように見えた。このサイズで咬まれてるなら、骨もいったのではないか。
顔色に出たのを、吉田が気付く。
なんでもないミキよと、へらっとして誤魔化した。
新しい生を受けてなお過酷な旅の記憶を留めた足を、しばらく無言でマッサージした。
「フットケアのクリームってこんなにあるんだなあ」
ゲームを置いてスマホをいじっていた吉田が、何やら探している。思わずといった感じに出た声で、三木は視線を向けた。
「いや、クラさんの足を、角質やわやわのぷにぷにかかとにしたくなりまして」
「それは大賛成です。吉田さんも一緒にどうですか。俺ががっつり塗り込みますよ」
「そんな力強い感じでされたら、僕、足ツボで悲鳴出ちゃいますよ」
「ええ~…」
二人分の苦笑の気配だけがして、吉田が床に目をやる。
「あ、クラさん寝てる。マッサージ、気持ち良かったんですね」
嬉しそうに言うと、その嬉しさを三木にも向けてくる。それを受けて満たされる思いで、わざとらしく拳を上に突き上げた。
「やりきりました」
三木はクラージィの裾を直すと、はみ出た足に膝掛けをかけた。
吉田の正面に移ると、寝ているクラージィが見えた。胸の上といつの間にか脇腹にも猫を備えて穏やかに眠っている。自分の目で確認して、満足を新たにする。
ゲームには戻らず、三木もスマホを出して、検索画面を開いた。シンプルに条件を打ち込んで、出てきた結果をスクロールしては比べていく。
「この百和温泉とか、近いし評判いいみたいですよ」