ボタンホールボタンホール
しまった、と思ったが既にもう遅く
発車してしまった車内で項垂れた
仕方なく持参していたノートパソコンから函館本線あてにメールを送る
『本線、非番のところすみません。僕の机に社用のスマホがあるか見てもらえませんか?』
果たして気がつくだろうかという心配が無かったと言えば嘘になるが、わりと直ぐに返信が返ってくる
『あったぞ』
『ありがとうございます。もしかして、駅舎に居ました?』
『ああ、ちょっと用事があってな。スマホないと困るだろ、そっちに行く予定だったからついでに届けてやろうか』
『いいんですか!おねがいしたいです><』
『かわりに昼でもおごってもらうかなー』
「も、ち、ろ、ん、で、す。……っと」
どうしようかと思っていたが渡りに船、しかもランチの約束までできたのである意味ツイていたのかもしれない
上向きになった気持ちのまま、昼の時間を作るべく車内で進められる業務をこなしていく
東京駅に着いた後は溜まった書類などを捌いてたが、本線は自分のすぐ後のに乗れたようなので時間を見て迎えに行く
事前に連絡を貰った車両の停車位置の少し離れた所で待っているとホームに艶やかな流線型が滑り込んでくる
完全に停止したのを確認してからゆっくりと開いた扉からはぞろぞろと人が降りていく
その最後に函館本線が居た
H5系でないのが残念だが、自分に本線が乗っているのは気分がよかった
すぐにこちらに気がついたようで手を上げると片手を軽く振って答えた
「お疲れさまです本線ー!!!」
「おう、お疲れ様。ほら、もう忘れんなよ?」
早速社用のスマホを渡されたので一応メールや着信などの確認をする
「すみません、本当に助かりました… 以後気をつけますね」
「そうしてくれ。それでお前いつごろ空く?」
「あ、連絡だけ入れてくるので十分くらい待ってて貰えませんか」
「んー、じゃあ店どこにするか見てるかな。構内で飯とか久しぶりすぎて分からん」
「本線がこっちに居るのって新鮮ですね!」
「おら、早く行ってこい」
「はぁい」
いつものように少し雑に送り出された北海道新幹線は振り返ることも無く移動し、職員との事務連絡を済ませて新幹線の改札を出た
てっきり近くに居ると思ったがさっと見渡しても居ない
どこまで行ったのだろうかと辺りをうろうろと彷徨うと、構内に設置されたベンチにぼうっと座る小さな函館本線の姿を見つける
(また小型化してる………)
自分をからかう為にまた小さくなって…と、ため息を吐きながら駆け寄る
「お待たせしました本線!もう、また小型化して!ご近所さんの目が日増しに辛くなるから止めてくださいっていつも言ってるじゃないですか~~」
「………」
ぷりぷりと不満げに言えばいつものようににっと笑って答えるはずの本線が無言でこちらを見ていた
その異様な雰囲気に思わず眉を寄せる
「本線?どこか具合でも悪いんですか?」
「おまえ、だれだ」
じっとこちらを見たまま立ち上がってゆっくりと距離を取ろうとする小さな函館本線の発言に流石の北海道新幹線も慌てふためいた
「えっ!? ちょっ、その姿でそう言う冗談は止めてください!!冗談になりませんよ!?」
「と言うかここは、なんだ……おまえは路線か?新しくできたやつか、それにしてはでかいな」
「ちょっと!!本線!!!距離取らないでください!!!ああっ、ちが、違うんです!!!この子とは知り合いです!!大丈夫です!!!」
周りに必死にアピールしつつも、この改札近くの目立つ所から場所を変えようと小さな本線の手を握ろうとするとばちり!と弾かれる
「俺は本線じゃない!」
放たれた言葉にショックを受け呆然としていると後ろから肩を叩かれる
思わず振り返るとそこには橙色の詰襟姿の東海道本線が訝しげな目でこちらを見ていた
「ちょっと……一般の職員から上官らしき人物が少年と揉めていると泣きつかれたんですが……まさかと本当だとは………北海道さん、とりあえず裏行きましょうか」
「あっ!?ちが、僕は無実だ!!!」
「皆そう言うんですよ………少年も怖かったろう、悪いけど親御さんは一緒か?」
北海道新幹線の両腕をしっかりと掴みながら影になっていた少年の顔を覗き込むと東海道本線は目を丸くした
「え、……幌内?」
思わず、と言った感じだったが目の前の少年がぴくりと反応しじっと東海道本線を見上げた
探るような視線だった
「おまえ……中山道か?」
「……だから、東海道と呼べって言ったろ」
するとすすすと近づいてきた少年は北海道新幹線の視線から隠れるように東海道本線の影に隠れた
あからさまにショックを受けその場に崩れ落ちる北海道新幹線と自分の腰元位までしかない小さい幌内に東海道本線は頭を抱えた
「とりあえず在来の詰所に行くか……」
ここで怖がる小さな少年とその少年に似た上官が崩れ落ちている姿を晒し続けるよりは随分ましだと思った
とりあえず行きますよと北海道新幹線を立たせて移動する
最初は東海道本線のズボンを掴んで歩いていた函館本線だが人混みに歩きにくそうにしているのを見兼ねて手を出せばそっと小さな手が重なる
(小さい頃の一区や二区くらいか……)
目の前の問題が最優先の為、背後で再度ショックを受けている北海道新幹線のことを見なかったことにした
幸いにも在来線の詰所には人が居らず、皆出払っているようだった
函館本線をソファに座るように促し、隣に腰を降ろした東海道本線は普通に着いてきた北海道新幹線に視線を向ける
「ここに上官が居ると他の在来が気を使うので高速鉄道の部屋に戻っててくださいよ」
「僕の本線がこんなことになってるのにひとりにしておけと!?」
「いや、避けられてるじゃないですか」
苦悶の表情を浮かべながら机を挟んで向かいのソファに沈む北海道新幹線をよそに函館本線は物珍しそうに辺りを見渡していた
「ここは?」
「在来………路線たちの詰所だ」
「他にも路線があるのか!」
一気に興味を持った函館本線に路線図を出して見せてやるとあまりの数にこんがらがっているようだった
眉間に皺を寄せた東海道本線が北海道新幹線に話しかける
「…状況を整理しましょう。こいつは俺のことは分かる。北海道新幹線は分からない。そして自分が幌内鉄道だという認識がある。記憶はほぼ今の見た目の時と同じだとしたら開業当時くらいでしょうね」
「………はい」
「幌内、お前なんであの場所に居たか覚えているか?」
「………わからない。気がついたら居た」
「本線は、僕と待ち合わせしてたんですよ……覚えてないですか…?」
うかがうように尋ねるがふるふると首を横に振られた
その姿に東海道本線は思わずため息を吐いた
「そもそもなぜ小さくなっているんだ……」
それにはしっかり心当たりのある北海道新幹線が答えた
「元々、僕が開業したくらいからあの位の背丈に縮んだりしてたんです。延伸によって路線が短くなるからって言ってましたけど大きさは自由に変えられてましたし中身はそのままでした………だから今回もそうだと、思ったんです…」
尻すぼみになっていく話を聞いて少し考え込むと東海道本線がゆっくり口を開く
「それは、自分の管轄内だからでしょう。ここは自分の路線から遠く離れた土地です。現に俺は小さくなったこいつを見るのは初めてですから。それは本人も分かっていたとは思いますよ」
「…………」
自分の離れたほんの僅かな間に一体何があったのかと思うと同時にフラッシュバックする言葉
俺は本線じゃない
思い出すだけで心臓まで冷えていく感覚に襲われる
黎明期の鉄道なのだから支線という概念も無いというのは分かっている
分かっていても堪らなく怖くなった
膝の上に置いていた手をぎゅうと強く握る
その光景をじっと見ていた函館本線は何か言いたげに口を開いた
だが、廊下から話し声と共にガチャリと扉が開く
「おっす東海道………って、えっ上官!」
「ちょっと高崎、入口で止まらないで」
賑やかに入室してきたのは東海道本線とは少し色味の違うオレンジ色の詰襟の二人組
前髪の分け目や性格が違うとよくぼやいてる高崎と宇都宮だった
すると東海道本線がはっとした表情を浮かべ時計を確認した
「高崎!ちょっといいか」
「えぇ……なんだよ……」
おもむろに立ち上がった東海道本線は上官に対して萎縮しつつも素直によってくる高崎をそのまま先程まで座っていたソファに押し込んだ
「いっ!なんだよ突然!!」
「それ、幌内だ。幌内鉄道、覚えてるだろ? 会議に間に合わなくなるから少しの間任せた」
今更になって隣の少年の存在に気がついた高崎は二度驚いた
その間にも東海道本線は自分の机に向かうと会議で使うファイルを片手に引き出しを探り、お目当ての物が見つかるとそのままもう一人のオレンジ色に投げた
「宇都宮」
「なに……………何これ」
東海道本線から突然投げられたものの難なくキャッチした宇都宮の手の中には売店などでよく売られているシンプルなパッケージのドーナツがあった
さっさとドアまで移動していた東海道本線が振り返りながら答える
「幌内にやってくれ」
言うだけ言ってあっという間に行ってしまった東海道本線に呆気に取られていた面々だったが
いち早く回復した高崎が少し警戒している隣の少年に笑いかける
「幌内鉄道か、懐かしいな~~!なんで小さくなってんだ?と言うか今は函館じゃないのかよ」
「俺を知ってるのか?」
「ああ、知ってるぜ。俺の線路の敷設工事で指導してたアメリカ人があんたの話をしていたんだ」
「クロフォードか……?俺の話を…」
「高崎ぃ、僕の線路でもあるだろ?」
ソファのそばにしゃがんだ宇都宮ははい、と函館本線にドーナツを渡す
「ほんと東海道は昔からこどもには甘いものあげとけばいいとか思ってるんだよね」
「東海道の知り合いなのか」
「まぁ、そんなとこだよ」
目の前であっという間に打ち解けられてしまい、立つ瀬がない北海道新幹線はさっきから興味深そうに包装を見ていた函館本線の手からやさしくドーナツを取り、ビニール袋を破って食べやすいようにして返した
大人しく受け取り、すんと嗅ぐとそのままぱくりと一口食べた
とたんに目を輝かせる姿をまじまじと見た北海道新幹線は、本当に記憶が無いのだと思い知らされた
出会った時から相変わらずじっとみてくる北海道新幹線にドーナツを食べ終えた函館本線がおそるおそる話しかけた
「おまえも……路線か?」
先程言いかけて有耶無耶になっていた事を問いかけると、困ったように眉を下げて目の前の男が答える
「はい。僕は……えっと、高速鉄道というもので…普通の在来線より早く走れる路線といいますか…」
「高速……?在来……?」
「この人は北海道新幹線。俺たち普通の路線より考えられないくらいの速さで走れるんだ」
説明が難しくてしどもろどろになっていると、いつの間にか戻ってきていた東海道本線が横から簡潔的に説明した
すると函館本線が嬉しそうに話しかけてくる
「北海道か!俺と同じだな、お前はどこらへん走ってるんだ?」
「僕は………僕は、函館…の近くまで……」
「そっか~ ずいぶん南のほうだな、俺の線路がそっちまで伸びたら繋がるのか?」
「………つながり、ます。僕とあなたは……」
無邪気な問いにひどく苦しそうに答える姿にさすがに憐れに思った東海道本線が助け舟を出してやる
「幌内、お前昼飯はまだか?」
「まだ……だと、思う。腹は空いてる」
「そうか。あまり遠くには行けないから構内で何か食べるか、買ってくるか」
あのまま聞かれていたら自分は何と答えていただろうか
本線がこんな状況なのだからしっかりしないといけない
幸い、在来に囲まれてご飯所などについて話している本線は先程の自分の発言に疑問などは持っていないようだ
(あれ……?)
「本線……鞄持ってませんでしたか…?」
「?」
「さっきのベンチのところに忘れてきたか」
心当たりがなさそうに首をかしげる姿を見て、北海道新幹線が腰を上げる
「僕ちょっと見てきます」
「あ、俺も行く」
ぱっと立ち上がりこちらに近寄る函館本線にうろたえる
「えっ!?えっと、じゃあ行きましょう……?」
そっと手を出すとしっかりと掴まれる
同じ北海道という共通点でそうさせたのか、最初の頃とは一変して信頼を勝ち得たのかもしれない
その様子を見た東海道達は大丈夫だろうと一度業務へ戻った
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先程、本線を見つけたベンチに戻るが鞄らしきものは無かった
周りも少し探してみたが朝、本線が持っていた鞄のようなものは見当たらない
「もしかしたら落し物として届けられているかも……」
親切な人がもしかしたら届け出ているかもしれない
構内にある落し物センターへ行こうとした時、背後から大きな声がした
「あ!!おにいちゃんいた!!!」
振り返ると今の本線より少し小さな少年がこちらに走ってくる
何か既視感のあるその姿をじっと見つめていると、その後ろから保護者らしき人物が追いかけてきた
「すみません!うちの子が迷子になってた時にそちらのお兄さんに助けてもらったみたいで……」
「あのね!おにいちゃんがいったみたいにね、なかないでおねえさんたちとまってたらね、ちゃんとおとうさんきたよ!」
少し誇らしげに答えるその姿に、ようやく記憶が一致する
くせっ毛の強い黒髪に、白い肌、丸い瞳をきらきらさせている
そうか、この子どもは戸井線に似ているのか
「………そうか、えらかったなぁ。もう手を離したら駄目だぞ?」
「うん!」
隣に居た本線の雰囲気が変わったのが肌でわかる
バイバイ!と元気よく帰っていった親子を見送りながら本線が口を開く
「いやぁ~~なんか迷惑かけたな」
「っ~~~~ほんせん~~~~!!!!!」
恥も外聞もなくがしっと縋り付く
はは、と笑いながら函館本線が北海道の背中を撫でる
「悪かったな…… お前と別れた後、泣いてる子ども見つけたから誰か職員に引き渡そうとしたら『知らない大人についていかない』ってさらに泣かれちまったんだよ」
「う……う、だからって……」
さすがに公衆の面前ということもあり、さすがに立ち上がらせられながら歩き出す
いまだめそめそとしている北海道新幹線を見ながら函館本線は苦笑する
(そっくりって訳でもないのに)
「まぁあの顔に泣かれるとなぁ……」
「…?本線何か言いました?」
「いいや?それより早く行こうぜ」
ふと疑問が浮かぶ
「えっ?そう言えばさっきからどこに向かってるんです?」
「コインロッカー」
にっ、と笑いながらひらひらとKitacaを見せてくる本線
その笑顔を見た時、かけ違えた記憶が戻ってきて本当に良かったと思った