Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    kitanomado

    🎤の🚬🍓に夢中だよ

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 🍓 🍙 ⌚
    POIPOI 36

    kitanomado

    ☆quiet follow

    さとみくんの文集書くまでの話

    2023年冬の話「ひとり三枚とったら後ろ回してなー」
    「え〜!三枚も書くん」
    「無理ー」
    「多いよ先生」
    「ほな五枚でもええで」
    「増えとるやん」
    「せんせー、私一枚でもこんなん書けへんよお」
    「書く前からそんな弱音吐いたらアカンやん」
    ばさばさと紙のめくれる音と、賑やかな声が教室に響く。教壇に立つ教師は、生徒たちと机の上に広がる白い原稿用紙を見渡した。
    「皆行き渡ったかー?」
    一番後ろの席の生徒まで用紙が行き渡ったのを確認すると、担任はチョークで黒板に日付を書き丸をつけた。
    「締切あるからな。ちゃんとこの日までに提出すること。ええな。直しのことも考えて余裕持って出すんやで。原稿用紙が足りひんかったらあげるから言うてな」
    「締切あるん〜」
    不満そうな声があがると、担任は笑った。
    「そら当たり前やろ。締め切りないといつまでたって文集完成できひんわ。卒業式当日にはみんなにちゃんと配りたいねんから、頑張ってな」
    続けて黒板に「自由」と書かれた。
    「文集のテーマは自由。三年間の思い出でも努力したこととか頑張ったこととか、あと将来の夢でも何でもええからな」
    そう言うと、一番後ろの席の男子生徒が手を挙げた。
    「せんせー、何でもええなら小説でもええですか」
    「ええよ。面白かったら先生勝手に賞に応募しとくから力作頼むで」
    「それ先生の名前に変えて出すやつやん」
    聡実は教室内のざわめきを聞きながら、机の上のまっさらな原稿用紙を手に取り眺めていると、とんとん、と背中を後ろから叩かれる。
    「聡実〜」
    「ん?」
    「聡実はなに書くん?」
    「全然。なんも思いつかへん」
    「だよな〜俺も。書くなら部活か、修学旅行かなあ。ほんでも三枚も埋まらん気するわ。俺、作文も小論文もほんま苦手〜。しんど」
    そういって、机に突っ伏した友人を見てから、聡実は再び手元の原稿用紙に目を落とした。白い用紙にきちんと並ぶマス目を見ながら、これを全部埋めるのか。そう思うと、何だか気が遠くなる。聡実は頬杖を付きながら、黒板のテーマの文字を見た。
    自由、自由とか何でもええって言われると、逆に何書いてええかわからんくなるな。
    ほどなくして終礼のチャイムが鳴ると、聡実は原稿用紙をふたつに折り、鞄の中にしまった。
    それから数日間、自室の勉強机の上に置いた折りたたまれたままの白紙の作文用紙を、聡実は見ないふりをしてやり過ごした。


    終礼のチャイムが鳴り、生徒たちがばらばらと教室を出ていく。
    「聡実〜帰ろ。マクド寄ってこうよ」
    後ろの席の友人達が聡実の肩をぽんと、叩くと聡実は片手に日誌を掲げた。
    「あ、待って。僕これ出してくるから」
    「じゃあ下駄箱んとこで待ってるな」
    「うん。すぐ行く」
    聡実は日誌を持って冷えた廊下を歩く。中庭の木には小さな蕾がついているのが見えた。
    ここからの景色ももうすぐ見納めなんやな、そう思いながら聡実は教職員室の引き戸を開けた。席に担任が在席しているのを確認すると、声をかける。
    「先生、日誌お願いします」
    「お、今日岡が当番やったな。ありがとう」
    担任は日誌に目を落としてから、聡実の顔を見上げた。
    「そういや岡は文集の原稿出来たんか?」
    「いえ、まだです。すみません」
    気まずそうにうつむいた聡実の顔を見て、教師は自分の前で手を振った。
    「いや、まだ締切まで日にちあるからええけど。なんや、テーマに困ってるんか」
    「高校での書きたい思い出、実はあんまり思いつかなくて」
    聡実はそこまで言ってから、慌てて付け加えた。
    「いや、つまらなかったとかそんなんではないんですけど。なんかこれ、っていうのが全然思いつかなくて」
    高校生活の三年間、振り返ってみてもそれなりに楽しかったし、普通にしんどいことも色々あった。だけど、取り立てて文章にしたいことは、ひとつも思い浮かばなかった。
    「そうかあ」
    聡実の話を聞くと、教師はうーんと腕組みをした。
    「将来の夢とかは?岡、大学は法学に進むやろ。そういうのでもええんやで」
    「でも、まだ就職はどうなるかわからないですし」
    聡実はそう言うとまた俯いた。
    「まあ、そう難しく考えんと。岡の書きたいこと書いたらええよ」
    「書きたいこと……、ですか」
    「うん。高校生活とか未来のことで書くのが難しいんやったら、今までで一番の思い出とか、そういうのでもええんやで。テーマは自由やし」
    「一番の思い出、ですか」
    「そうそう。なんかひとつはあるんやないか」
    その瞬間、聡実の鼻の奥で雨の匂いと、香水と煙草の匂いがむせかえる様に蘇った。それから、湿り気を帯びた暑さの中、助手席のシート、真っ黒な髪をきっちりと後ろに撫でつけた、あの影のような背の高い男の声が、顔が、手のひらが、それらが一斉に、感触を持って浮かぶ。
    一番、自分にとっての一番はこれなのか。そう思うのと同時に、僕にはこれしかないんやな、という思いが聡実の中によぎる。
    黙ったままの聡実の顔を、担任は不思議そうに覗き込んだ。
    「岡?どうかしたか?」
    「……いえ、何でもないです。すみません。なんか、書けそうな気がしてきました」
    聡実がそう答えると、担任は破顔した。
    「そか、良かった。岡の作文楽しみにしてるわ。岡の書く文章ええよ。先生結構好きやねんで」
    「ありがとうございます」
    聡実は教職員室を出て、早足で下駄箱に向かうと待っていた友人達に声をかけた。
    「ごめん。今日ちょっと用事あるの思い出してもうた」


    聡実は家に帰り、部屋に入るとすぐに机の上に原稿用紙を広げた。きっちりとついた折り目を手のひらで伸ばしながら、白い原稿用紙の上に狂児の顔を思い浮かべる。
    狂児とは、三年前のあのスナックでの日以来、一度も会っていない。会えなかった、というのが正しいのかもしれない。このまま東京の大学に進学すれば、きっと本当に二度と会えなくなるだろう。机上に置いた指先に力が込められ、原稿用紙を無意識に引っかき、皺を作った。聡実はそっとその皺を伸ばした。
    狂児と会わなくなってから、一度だけラインも送った。
    「練習ちゃんとしてますか?」
    だけど既読にもならないまま。その画面を見ながら、もう二度と会われへんのかな。そう思った。
    三年間、誰かのことを忘れるには十分すぎる時間だったかもしれない。だけど、狂児のことは今でも鮮明に全部覚えてる。教室で友達と話していても、ご飯を食べていても、帰り道、一人で歩いていても、家族とテレビを見ていても、心のどこかにいつも狂児がいた。ずっと、あの背の高い、黒尽くめの強引で理不尽で、でも優しかった男の事を忘れることなんて出来なかった。
    もしかしたら、本当にもしかしたらだけど、いつかどこかで狂児とふいに会えるかもしれない。だけど、その時狂児は僕のことをちゃんと覚えていてくれるんだろうか。沢山のもしも、が積み重なって胸の奥を塞いでいく。
    狂児のことを書いたら、本当に思い出になってしまう気がする。こんな男がいたんだっていう過去形に。思い出になんてしたくない。だけど、たぶんこの街を離れたら、違う街に住んだら、日に日に狂児との日々は薄まっていくのだろう。あれは、あの日々がなかったことにしたくない。
    もしも文字に残したら、そして、それを読んでくれる人がいるなら、僕以外の誰かが覚えていてくれるんだろうか。
    狂児との思い出は、僕と狂児だけのものだけど、成田狂児という人間がいたことをちゃんと、誰かに覚えていてほしい。
    書き出しはどうしようか、どこから始めようか。僕と、成田狂児のあの夏の話を。

    聡実は、一マス目にペン先を置いた。





    ・担任の先生は古文のおじいちゃん先生のイメージで書きました。
    ・聡実くん大作すぎて原稿用紙10枚くらいいってる気がする。それ以上かもしれない。
    ・このあとすぐ狂児の名刺と巡り愛して更に空港で巡り愛する聡実くんだよ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏🙏👏🙏👏🙏👏🙏👏🙏👏❤❤❤❤❤❤❤❤❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works